第四十九話 カゼ
部屋で談笑していると今日の分の仕事が終わったらしい薪が部屋に戻ってきた。
「寒い・・・」
寒さのせいか顔を赤くして戻ってきた薪に穂琥が暴走して飛びついた。
「わぁ!薪が赤くなってる~!珍しい~!面白い~!可愛い~!!」
「黙れ」
軽く足蹴にされて穂琥は床に伸びる。
「相変わらず酷い兄貴だなぁ。それより本当に照れているみたいで面白いな」
「うるせぇ。・・・それより穂琥。身体、ちゃんと温めておけよ」
「え?」
穂琥は身体を起こして不思議そうな顔をする。それから寒くないから平気だよと答えると薪はにっこりと笑みを浮かべてすたすた穂琥の前に歩いてくるとさっとしゃがんで穂琥と目線の高さを同じにするとさらに笑みを零して言う。
「オレの言うことには耳を貸せって言ったこと、まぁだ懲りてないんですかぁ?反省はしたのかなぁ?」
「ごごごごごご、ごめんんさいぃ!!」
全力で謝る穂琥と怖いとしかいえない笑みを浮かべる兄妹を見て儒楠はくすりと笑うのだった。
そうして翌日、眼が覚めると身体が重く、だるい感じがあった。加えてくしゃみも止まらず豪快にくしゃみをするとはしたないと薪の言葉をもらった。
「うわぁ!?いつ入ってきたの!?乙女の部屋に勝手に入ってくるなんて礼儀知らずめ!」
「何処に乙女がいるんだ?ぜひとも教えてもらいたいな」
「こ、こ、に!」
穂琥の言葉など完全に無視して部屋を見渡してから「あ」と声を漏らした。後から入ってきた儒楠がどうしたと声をかけたが薪は怪訝な表情で儒楠を見てから穂琥に問いかける。
「今日起きてからそこを動いたか?」
「ううん・・・だるいなぁ~って思っていたら薪が勝手に入ってきたから」
勝手に、という言葉に力を入れたつもりだが完全にスルーされて少しショックを受けた穂琥だった。
「じゃ、穂琥ちゃん」
穂琥は今の体調の悪さとは関係なく背筋にぞわっと寒気が走った。薪が穂琥をちゃん付けで呼ぶときは大抵お叱りの時だ。
「あそこの窓が開いているのは何でかなぁ?」
窓を指差して完全に開いているのを穂琥に確認させた。穂琥ははっとした表情をしてから何かを考えたような顔をした後に苦笑いをしながら薪の質問に答える。
「さ、サンタクロースさんが来たから・・・・へへへ・・・」
頬の引きつった笑みを見せると薪は昨晩よりも一層笑顔で答える。
「そうか、そうか。じゃあプレゼントは何かな?オレの怒りでももってきてもらったかな?」
「い、いやぁ!!ごめんなさい!!」
穂琥は頭を抱えて謝罪する。薪は呆れたように窓を閉めに行く。そんな姿を見て儒楠は少し関心したような気分に浸っていた。冗談であるとはいえ、薪が穂琥の言ったサンタクロースに乗ったことが意外で仕方なかった。つまりは薪もこんな穂琥の影響を受けて丸くなってきているのかもしれないと感じる儒楠だった。
窓を閉めた薪が腰に手を当てながら呆れたように穂琥に寝ていろと忠告を与えていた。
「え~・・・だるいから眞稀で治してよ・・・。自分では治せないからさぁ・・・」
「自業自得だ。我慢しろ」
薪はふいと顔を背けて部屋を出ようとする。そんな薪に儒楠が声をかける。
「じゃぁ、あれはどうする?」
「まぁ、何とかなるさ。この程度なら」
「そうか」
何だか二人で完結しているっぽい話がどうにも気に食わなくて穂琥はどうしたのか聞いたが薪にうまいこと言い逃れされてしまって結局何があったのか聞けずに薪と儒楠の退室を許してしまった。
部屋を出て職務室に移動して忙しそうにしている薪に儒楠は何か出来ることが無いかと尋ねる。すると薪は大量の紙の束を手渡した。
「・・・・え゛?」
「ヨロシク!」
薪は軽く手を上げるとにこやかにそう言った。そしてさっさと歩いて部屋を出ようとした。こんな仕事を押し付けて薪は一体何をしようとしているのか思案したがくるりと振り向いた笑顔の薪の言葉に全て見透かされている感があって儒楠は苦笑いを浮かべた。
「余計なことを考えても無駄だぞ」
それからどのくらいの時間が経ったか知らないが、半分も終わらない調書の調印に儒楠は軽くめまいを起こしていた。
「クソー!薪のヤロウ!絶対後でぶっ飛ばす!」
叫びながらも実力も何も上の薪にそれが適わない現実を心の奥底で悔やむのだった。
薪はそっと扉を開けて妹が寝ているかを確認した。
「じゅなんくん・・・?」
拙い言葉が聞こえて起きているのだと判断して部屋の中に入る。
「眞稀で誰だかくらいわかるようにしておけ」
「あ・・・しんか・・・」
薪は肩を落とす。眠そうな顔をしている穂琥の額に手を当てて熱は無いことを確認する。この程度の風邪ならば普通、半日で完治できる。額に当てた手をそのまま頭に沿って軽く撫でながらそっと言う。
「今日はやりたいことがあるんだ。だから早く治せ」
「・・・うん。ありがとう。わざわざ来てもらって」
「いや。じゃぁ、オレは仕事に戻るから。何かあったら儒楠にでも言え」
「うん」
穂琥はやわらかく笑った。