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眞匏祗  作者: ノノギ
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第四十八話 ヒソカ

 儒楠の向った先は屋上だった。外は肌寒く今にも雪が降ってきそうだった。

「着いてきていたの?」

空に夢中になっていて儒楠のことをすっかり忘れていた。突然そう声を掛けられて飛び上がった穂琥は薪の要領で死ぬ気で謝ると困った顔をして笑う儒楠が見えて謝るのを一度止めた。

「どんだけ恐怖しているの」

「だって・・・薪って怖いんだもん、そういうとき」

「あははは!確かにね。でも相手が穂琥なら着いてきていることに薪なら気づくよ」

笑って答える儒楠の優しさに和む穂琥。いや、根本的に薪がきつすぎるのかもしれないけれど。それに血筋の問題も出てくるのかもしれないけれど。

「どうしたの?こんな所に来て」

穂琥が尋ねると儒楠の笑みに陰りが出た。それからさっと踵を返して屋上の端まで歩いていく。穂琥もそれについていくと儒楠の見詰める先に古びたステージのようなものがあった。穂琥はそれを見たとき心臓が少しだけ跳ねた。わずかに呼吸が苦しくなるような、そんな感じがした。

「あれ、処刑台、だよね・・・?」

「そう」

タギ=フォア=エンドがその昔実験台を集めて無残にも殺した場所。あんな公の場所で。いつまでもそこにそれがとってある理由は簡単。壊すことが出来ないからだ。強固な眞稀で生成されたその台は生半可な眞稀では到底壊すことが出来ない。薪が愨夸になってからすぐにそれを破壊しようとしたらしいが出来なかったと聞く。

「オレの・・・知り合いもあそこで命を落としたんだ」

「え?!」

「別に驚くことじゃないよ。あそこで殺された眞匏祗の数は本当に数え切れないほど。その中に入っていてもおかしくないさ」

先程の妙な空気はこれだったのだろうか。儒楠は薪にこのことを言ったのだろうか。穂琥は遠慮がちに尋ねてみると儒楠は柔らかい表情をしていた。

「薪は関係ないよ。だから言う必要も無いさ。ただオレがあの時聞いたのはそれらに関して、実験について薪がどう思っているか、ってね」

「罪悪感・・・だと思う」

「え?」

薪がいつも父の話をするときはいつも決まって自分を責めるような眼をする。全く悪くないと主張しても薪はそれだけは聞き入れない。父親の不始末は跡継ぎが行うことだといっていた。そしてもっと死ぬ気で頑張れば止める事だって出来たかもしれない、救えた命がもっとあったかもしれない。そう思うと自分の不甲斐なさに反吐が出る。

「オレもね。あそこで殺されそうになったんだよ。薪には言っていないんだけどね」

「儒楠君も?!」

そっと頷く儒楠に穂琥は驚きを隠せないでいた。薪がそのことを知ったなら相当なショックを受けてしまうような気がして言い出すことが出来なかったという。

「巧伎様はひどい方だ・・・」

思いつめたように言った儒楠の言葉に違和感を覚えた。敬称をつけたことだとすぐに気づきそこを指摘すると儒楠はどこか呆れたような表情をした。

「相手は前代愨夸だよ。薪が『あの方』って言っているのと同じことだよ」

切なく笑った儒楠に胸が苦しい思いがした。一体どうしてこんなに切ない顔をするのだろう。せっかく劉喘も倒せて幸せな日々を送ることが出来ると思っていたのに、こんな胸のきしむような思い、したくない。

「あ、雪・・・」

儒楠が空を見上げてそう言った。穂琥も見上げると確かに空からふわふわとした誇りのようなものが舞い降りてきていた。今年初めての雪に穂琥は手を広げて喜んだ。

「わぁ!初雪だ~!」

「初雪・・・それが降って凄く積もった。そんなときに薪がオレの前に現れたんだ。光、かな」

儒楠のその言葉に感動を覚える。きっとあの時、あの路地での出来事。赤い顔をして走ってきた薪とであったあの日の出来事。自分にとっての未来への光を感じたその出来事。

「ね、部屋に戻ろう。寒いよ?」

「もう少しここにいる」

儒楠はどこか嬉しそうに笑って言う。儒楠がいるならと穂琥もそこにとどまることを選んだ。

「風邪引くと薪に怒られるよ」

本当に優しい笑顔で言う。それに少し照れながら穂琥は格子に肘を突いた。儒楠はふっと白い息を吐いた。

「居るの?」

「うん。少しね」

静かな沈黙。静寂とする雪景色の中、儒楠と二人で立っていた。高い屋上で世界が見渡せる。きっとここをこう作ったのには先代の世界を見渡すためという思いがあったような気がした。

 何度か身震いを繰り返した後、肩に暖かいものがかかった。横を見て儒楠がこの肌掛けをくれたのかと思ったが、儒楠のほうも驚いて振り返っていたのでさらに首をひねって後ろを見ると凄くあきれた顔をした薪が腰に手を当てて立っていた。

「お前ら何やってんの?風邪引いても看病しねぇぞ」

「悪い」

笑いながら謝る儒楠に薪は小さくため息をついた。

「というか薪はどうしてここに?」

「いつまで経っても屋上から動く気配が無いから様子を見に来たんだよ」

「お、流石です・・・」

眞稀を感知できるから大抵何処に誰がいるか理解できているようだった。儒楠ははっとした顔をしてちょっと待っててといってさっさと何処かへ行ってしまった。

「あ、おい!オレはすぐに戻るぞ!?」

儒楠は薪の叫び声が聞こえたのか聞こえないのか、何処かへ行ってしまった。

「あの・・・さ」

「ん?」

穂琥は言いよどむ。少し聞きづらい事を尋ねたい。でもそれで薪を傷付けてしまうのはいやだった。しばらく悩んでいると穂琥はとあることに気づく。

「あれ?どうして突っ込んでこないの?」

「は?」

「いつもだったら早く言えよって怒るじゃん」

「・・・別に。お前の雰囲気」

薪はそっぽを向くように穂琥から顔をそらしてこの広大な世界を見渡した。

「そっか。じゃぁ、単刀直入に聞くね」

「おう」

「あの処刑台で何処の位の眞匏祗が殺されてしまったの?」

「随分なことを聞いてくるもんだぁ。流石に傷つくぞ」

「あ、ご、ごめ・・」

「別に深い意味は無いから謝らんでいい」

薪の表情は笑顔だった。一瞬、儒楠なのではないかと思ったほどだった。

「儒楠に何を吹き込まれたんだか」

笑みを浮かべながら薪がそう言ったので流石に薪相手に隠せることではないんだなと実感する。

「儒楠はさ。オレがあの方に抵抗しなかったら殺されていたんだよ」

「え?!」

予想外の薪の発言に穂琥は飛び上がりそうになった。そして素直すぎるその反応で薪は先程儒楠が何を話したのかを理解してしまったようだった。

「オレのことを思って儒楠は何も言ってこなかったんだろうなぁ?でもあれは印象的だったから覚えているさ。始めてあったときは流石に気づかなかったけど話をしているうちにわかるさ」

互いに互いを思って黙秘している。それをまるで当たり前のように行っているこの二人が羨ましく思えた。

「あっちぃ」

突然儒楠の声がした。薪がそちらに顔を向ける。

「なんだ、それを持ってくるなら手伝ったのに」

薪はすぐさま儒楠に駆け寄り儒楠から何かを受け取っていた。

「穂琥!」

「え?!あ、わぁ!?」

薪が突然何かを投げてきた。慌ててそれをキャッチすると手のひらサイズの湯たんぽだった。それを受け取って三人で笑い会う。そうして話をしている間に薪が仕事があるからといって抜けた。

 人間は眞匏祗の世界では随分と毛嫌いされている。でも実際は人間も眞匏祗もそんなに変わりが無いんだということを穂琥は語る。そうして儒楠と話をしている間に大きなくしゃみをする。それを聞いて儒楠が苦笑する。

「随分思いっきりいったね・・・。冷えてきたし戻ろうか」

「うん・・・」

恥ずかしさを顔に残しながら穂琥と儒楠は城の中に戻った。


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