第四十七話 ミガワリ
そうしてその高校生活の中で薪と出合うことになった。
「恨んでいる?」
「え?何を?」
穂琥の話しを聞き終わった儒楠がそう言ったので驚いて儒楠を見た。儒楠はどこか遠い目をしていた。
「本当の両親ではないし、そうやって開いた穴の恐怖で泣いたこともあったわけでしょう?そうなってしまったことに」
「それって地球へ送った薪を恨んでいるかって聞いているの?」
「え?!いや、そういうわけじゃ・・・」
穂琥は怪しい目つきで儒楠を睨む。儒楠は苦笑いをして手を振る。穂琥はその様子を見ておかしくて笑う。儒楠は一瞬きょとんとした顔をしたけれど穂琥と同じ様に笑い出した。
「恨んでない!地球での生活は凄く楽しかった。たくさんの友達にも会えたし育ててくれたご夫婦にも出会えた!それが私の運命だったと思っているし、何より薪は何も悪くない。それより感謝しているくらいだよ。地球に送ってくれたことを。あ、恨むとしたら劉喘だネ!アイツ、嫌い!」
穂琥はぷくっと膨れたようにそっぽを向いた。儒楠はその様子を見て呆けたがまた笑い出してそれにつられて穂琥も笑った。
「さてさて。薪が戻ってこねぇな。探してくる。今度は入れ違いにならないようにしないとね」
「そうだね!」
儒楠はドアを開けて出て行った。穂琥はその背を見て薪と同じ様に遠い世界を感じた。
ドアを出ると壁にもたれかかっている者がいた。部屋を出てその存在に気づいてそれに声をかける。
「何だ、ずっとそこにいたのか」
「まぁね。安心しなよ。盗み聞きはしていないよ、薪」
ウィンクをして笑う。薪は少しだけ怪訝な表情をしたがすぐに表情を戻して服装を変えた。
「どうだった?『オレ』の気分は?」
儒楠が尋ねた。薪は遠い眼をして別にと答えた。
墓に行く手前で儒楠の提案したこと。それは互いを入れ替えること。別に難しいことではない。元々姿かたちはそっくりそのままといっても過言ではないくらいだ。特に相手を穂琥と取るならなおのこと。
「って、言うわけで『入れ替え大作戦』決行な?」
「い、いや、決行って・・・おい。オレは了承してな・・」
「決定~!」
ということで薪と儒楠が入れ替わって穂琥の本音を聞きだすといったことになってしまったわけだ。それで薪は仕方なく、内心では気になることもあってこの儒楠の提案に乗ることになった。つまり、嘘をつくことになるわけでポリシーに反するがならば地球で行ったことと同様、決してばれてはいけない。それさえ守れば。
儒楠と薪は互いを見てそれから何かが切れたようにぷっと笑い出した。そしてあたかも今ここであったような顔をして穂琥の待つ部屋へと戻るのだった。
相変わらず愨夸の仕事が忙しい薪は椅子に座って調書に眼を通していた。その脇に儒楠が座ってそんな薪の様子を観察するように見ていた。
「なぁ、薪」
「ん?」
「父親、どう思ってる?」
「嫌い」
「・・・だろうな」
薪は調書から眼を離して儒楠のほうへ動かした。本来なら接客するために備えられているソファをベッドのように扱っている儒楠が視界に入った。
「何だよ、急に」
「いや、この間入れ替わったときに穂琥に聞いてみたんだ。同じ質問をさ」
「へぇ」
「そしたらよくわからないみたいな返事でさぁ。薪はどうなのかなぁって。まぁ、聞くまでも無かったよなぁ~」
少しだけ沈黙。薪は調書をついには机の上において立ち上がった。儒楠の前まで歩み寄ってしゃがみ儒楠と目線の高さを同じにした。
「オレに嘘を言うとはいい度胸だな?」
「アハ、やっぱりバレますか」
「当然」
薪は立ち上がって仁王立ちをする。儒楠は薪の姿を見て苦笑いする。その苦笑いが急に強張って切なげな表情になったので薪は肩の力を抜いて儒楠の寝転ぶソファの反対側のソファに腰を下ろした。
「どうした」
「ん。巧伎様はどうして実験なんかを行ったのかな?」
薪は絶句した。儒楠が何故こんなことを突然言い出したのかは知らないがあまりこういった類のことには触れてこなかったのに。
「何が・・・・あった?」
「・・・・いや、なんでもない。悪かったね、へんな質問して」
儒楠はさっさと部屋を出て行ってしまった。薪はその後を眼で追い、見えなくなった儒楠の背中をいつまでも見ていた。そしてふと、仕事に戻るべきだという思考に至り席を移動する。
薪の部屋から儒楠が出てくるのが見えて声をかけようと思ったけれどどうにも声をかける雰囲気ではなかったので穂琥は声をかけるのをためらった。儒楠はそのまま歩いていってしまうので穂琥もそっとその後を追った。
「薪と喧嘩でもしたのかなぁ・・・いや~あの大人な儒楠君がそんな事ないかぁ~」