第四十五話 トウガン
気がついたら病棟のベッドの上だったというわけ。薪は小さく笑いながらそう言った。毅邏の影響は母の掛けた『術』と己の行為であったことが原因で辛うじて軽減できたのだろうと薪は推測している。
「そ、それでさ・・・私って薪と何か・・・あるの?」
話しを聞いて疑問に思った穂琥が尋ねてきた。薪は笑いながら頷く。『命繋線』(めいけいせん)と呼ばれる目には決して見ることの出来ぬ強固な糸のこと。薪と穂琥を繋ぐ果てしなく重い糸。眞匏祗同士の魂石と魂石をつなげるもの。
「片方の魂石が壊れたとき、その命繋線で繋がっているもう片方の魂石も砕けてしまうんだ」
「何それ?!それって死んじゃう確立が二倍って事!?」
穂琥が大声を上げた。儒楠もさすがにその声には驚いたようで何とか宥めていた。そして薪からそんな話しを聞いて儒楠はやはりな、と納得していた。
薪が出かけるといって出て行ったあの時、薪は穂琥と繋がっているといった。きっとこの命繋線のことなのだろうと察しは着いていた。
命繋線の最大の有益ポイントは繋がる方向を定めること。それだけ聞いても理解できないが、わかりやすいように薪と穂琥で言うとすれば薪から穂琥へ繋がる。あるいは穂琥から薪へ繋がる。それの選択を最善を尽くすことが有益なポイントになるということ。この場合の有益な方向は薪から穂琥へ。母、紫火もそうやって薪と穂琥を繋いでいた。これの何がよいのかといえば、薪から繋がっている以上、穂琥の魂石は薪とほぼ同等の強固さを得ることが出来る。薪は愨夸で今この世界に存在している眞匏祗の中で薪の魂石ほど硬いものは存在していないはずだ。だから穂琥の魂石を護ることが出来るということ。その代わり、薪の魂石ですら砕けるような攻撃を喰らえば無論、死んでしまうが確実に通常よりは強い。
薪は静かに眼を伏せた。そしてまた小さく笑った。
「よくさ。大切なモノのためなら命を掛けても護る、って言う台詞あるじゃん。オレはそれが使えないんだよね。だってオレが命掛けたら護る対象である穂琥だって命を掛けることになっちゃうからね」
どこか冗談を言っているような声音で思わず穂琥もくすりと笑ってしまいそうだった。普通のものよりもはるかに命を捨てることが出来ない。いや、そもそも捨てる気などないけれど。
「あ・・・」
突然、腹部を押さえて声を漏らした薪。その『あ』に妙に嫌な予感を覚えて儒楠と穂琥、二人して薪のほうにぎこちなく顔を向けた。薪の表情はどこか青ざめているようにも見えた。
「え・・・ちょ・・・何・・・?」
「悪い。傷口開いた」
「ハアアァァァァ?!」
穂琥と儒楠が歯ハモリングして叫び声を上げた。儒楠が薪の服を捲り上げて怪我を確認する。
「おいおい!これ、ちょっと・・・傷口開いたって言うか閉じていないよな?!」
「さぁ・・・?」
とぼけたようにはたまた誤魔化すようにか、薪は首をかしげて眼を閉じる。
「眞稀が足りないんだ。穂琥。頼む」
「・・・へ?!私!?」
「さっきの感じを思い出せ。お前なら、出来るから」
薪がそっと穂琥の頭を撫でる。穂琥は少しだけ不安そうな顔をしたが、ぐっと構えて拳を握ってからしっかりと頷く。
さっきの感じ。自分の身体が熱くなったあのときの感覚。薪が教えてくれた新しい自分の力。摩訶不思議な靄のかかったようなあの風景。眼を閉じてそのときの感覚を思い出す。そうしてそっと眼を開くと苦しそうに息をする薪の姿が視界に入る。ただ、あの時同様に薪の周りに靄のようなものがあるように思えた。その眼のまま儒楠が座っていた方を見ると薪よりは少しだけ薄い靄がかかっている。靄、煙のようなくすんだもの。そうしてそのまま薪のほうに向き直って傷の手当に移る。
不思議なことに眞稀がどんどん溢れてくる。そうして薪の怪我も何とか治る方向に向ってくれた。
「その眼・・・・桃眼か・・・?!」
儒楠が驚いた声を上げる。
「あぁ。そうさ。桃眼。穂琥なら出来ると信じていたからな」
優しく微笑んだ薪の顔を見て穂琥は胸の中にすっと暖かい風が通り過ぎていった気がした。
「開眼を解きな、穂琥。使いこなせるようになればすごい療蔚になれるよ。ただ今はまだ慣れがなさ過ぎるから解いたほうが良い」
「うん・・・」
穂琥はそっと力を抜いて開眼した眼から眞稀を開放していく。そして桃眼というものが何なのかを薪に尋ねる。
「靄、が見えるの・・・。これって何?」
「靄?」
薪は少しだけ疑問の顔をしたが、すぐに納得の言った顔をした。穂琥の見たその靄が『眞稀』であることを教えてくれた。
「眞稀・・・これが・・・。あ、でも炎もみえたよ?何だろう?」
「炎?なんだろうな・・・」
薪は不思議そうな顔をした。そしていつそれを見たのか聞いてきたので薪に駆け寄ったときにその手前にあったと伝えると薪が一瞬で引きつった表情になった。
「あぁ・・・そうか。位置的とその凄さからして・・・綺邑だな」
「あ・・・の人・・・」
「まぁ、そうだろうな。普通ならそうやって燻った煙の靄のように見えるのに炎として明確に見えたのならそうだろう。強い証拠だ」
「薪より・・・」
「オレより強いって言っただろう」
「そうだけど・・・」
不貞腐れながら言う穂琥に薪は気にせず桃眼の説明に移り始める。そうやって相手の力量や力の種類、質から何までを見通す力を有することが出来る。
「桃眼って、そんなにすごいものなの?あの劉喘も言っていたけど・・・」
「もちろん。療蔚の中では最高峰の技だ」
「わぁ!?そんなにすごいものが私、仕えるようになったんだ!?きゃっほぅい!」
異様にテンションをあげた穂琥が飛び跳ねるようにしていると薪の足払いを喰らってずっこけた。
「穂琥・・・」
「痛いよ!薪!バカ!」
「うるせぇよ」
薪が笑って言う。儒楠としてはその薪の表情に和やかさを感じて思わず笑ってしまった。そんな笑った儒楠に穂琥が気づき怒鳴り声を上げた。
「何笑っているのさ!酷いな!儒楠君!」
「い、いや・・・ゴメンって!ちょっと薪がおかしくて・・・」
「何よ!おかしいって・・・え?薪が?」
「オレかよ」
「あははは、そうそう」
肩を揺らして笑う儒楠に穂琥と薪は首を傾げる。くすくすと笑い続ける儒楠にいい加減にしろと小突く薪。
「だって薪が楽しそうだからさ。珍しいと思ってな」
「何だそれ・・・ったく」
少しだけ照れくさそうに笑う薪の姿を見て穂琥もおかしくなって笑う。
「さてと。休息も多少は出来た。帰ろう」
「もういいの?相変わらず無茶苦茶な休憩時間ねっ」
穂琥の文句を聞きながら薪は立ち上がる。少しよろけながら。そして二人に抱えられながら。
城に戻った薪たちを待っていたのは笑顔の中間達。まさか倒れていたなんて事を全く知らないで愨夸の帰還を喜ぶ長夸と役夸だった。そして出かけていた間に溜まった仕事をどさっと渡されて顔を引きつらせる薪だった。そして仕方無さそうにその仕事を片付けるが、時折儒楠に変装させて仕事をサボっていたことを穂琥は知っている。