第四十一話 タタカイノリユウ
長い応戦が続く。薪と劉喘の所は発生した眞稀のせいで地形がおかしく歪んで見えた。一方の儒楠のほうは若干儒楠が押しているのか、敵対していた鎖李は片膝を着いて苦しそうに息をしていた。
「あんた・・・つ・・・強い・・・ね」
鎖李はそのまま地面に伏してしまった。息を切らしながら儒楠もその言葉をそのまま鎖李に返した。
「へへ。あんたみたいな強いやつ、殺すのはもったいない。ここから逃げろ」
鎖李の言った言葉の意味が理解できず怪訝な表情を浮かべた儒楠。鎖李の体が妙に汗ばみ始めた。儒楠は直感的にこれはまずいと判断してその場から急いで離れようとしたその時。耳を塞ぐ轟音が鳴り響いた。
物凄い大きさの爆発音。その音がしたのは儒楠が交戦していた方向。穂琥はそちらに眼をやった。
「よそ見している暇はないぞ!」
柚禮が鋭い一撃を入れる。穂琥は辛うじてそれを交わして柚禮から離れる。柚禮は一度攻撃の手を止めた。先ほどからずっと柚禮の攻撃をかわし続けていて流石に疲れていたので息をつくタイミングを得た穂琥だった。
「さっきからなんだ?戦おうとしないとは。殺されたいのか?」
「そんな・・・わけ、ないでしょ!でも・・・殺したく・・・ううん。傷つけたくもない・・・」
「・・・・不思議な娘だな。眞匏祗がそんな風に言うなんて。穂琥の大好きな薪だって戦っているんだぞ?勝って成果を出したほうがいいんじゃないのか?」
柚禮の言葉に穂琥はカチンと来る。
「薪はそんな事で喜ばない!それに私は地球での生活がながったの。貴方たちは毛嫌いしている・・・人間の世界で・・・」
そういうと柚禮は少しだけ驚いた顔をした。それから納得したように笑った。
「なるほど。その『殺したくない、傷つけたくない』って言うのはその人間の飼育によってか」
「飼育じゃない!」
思った以上に大きな声が出た。それでも穂琥は気にせず続けた。飼われているわけではない、人間だって眞匏祗と同じ様に生きているのだと。
「そうか。それは悪かった。穂琥とはもっと話しをしていたいな」
柚禮は言い終わると同時に殴りかかってきた。悲痛な声で穂琥は戦いたくないと叫ぶ。柚禮は何を考えているのか知れないが、ただ無表情で拳を振るった。その時、先ほどの爆発音など小さいとも思えるくらいの巨大な破裂音が鳴り響き思わず耳を塞いだ。そしてそれが薪と劉喘のいる方向だと知って穂琥は柚禮のことなど忘れたように走り出した。
「儒楠君!?」
その途中で倒れている儒楠を発見してより急いで駆け寄った。
「大丈夫!?今、治して・・」
「いい」
治そうとした穂琥の腕を儒楠が掴んで制止する。無駄な眞稀は使わないほうがいいと言って儒楠は何とかして体を起こした。
「儒楠君・・・相手は・・・?」
穂琥が聞くと儒楠は視線を一度下に落としてからついと顔を上げた。その先は先ほど一度目の爆発音があった場所。今は地面が凹んでいた。それが何を意味しているのかわからず、尋ねようとしたら柚禮がすぐそこまで来ていることに気付いた。
「穂琥の・・・敵・・・?」
「い、一応・・・」
柚禮はその凹んでいる地面に向けて眼を伏せてまるで黙祷をしているようだった。
「負けると殺されるんだ。体内に爆破物が組み込まれていてね。相手を巻き込めるくらいの大きなものが」
柚禮の言葉に儒楠は一瞬不信な表情を浮かべた。
「何故、言う?そういうことを言ってもいいのか?」
柚禮は答えない。ただ黙って爆破のあった場所を見詰めている。そんな柚禮の代わりに穂琥が答える。いや、別に回答ではない。弁護だ。
「柚禮は・・・そんなに悪い奴じゃないんだ!」
必死で伝える。きっと儒楠ならわかってくれると信じて。どうやら儒楠は穂琥のその言葉に納得したように柚禮から視線をはずした。そしてその視線は綺邑の元へ向けられた。
そこは既に終戦していた。綺邑は何事もなかったかのようにその場に立ち、二度目の爆発が起きた、つまり薪のいたところを見ていた。そんな綺邑の足元には朱羽と芭樹が倒れている。
「無事・・・みたいだね」
穂琥がその様子を見て言う。儒楠も少し落ち着いた表情をした。ただ、柚禮は驚いているようだった。朱羽も芭樹も相当のレベルに達している眞匏祗であることに変わりはないのに、その場に立っている死神に傷一つ与えることすらできなかったとは、それほどまでの死神の力に慄く。
綺邑は面倒くさそうにこちらに目を向けた。そしてふっと視界から消えると儒楠の隣に現れ、傷の具合を一瞬だけ垣間見たようだった。
「薪より速いな・・・」
「あんな程度の物と比べるな」
「物・・・・。本当にキッツいね・・・」
苦笑いを浮かべてから爆発のあった方向に目を向ける。先ほどからその場で起きた土埃が静まらない。それがなぜかは儒楠や穂琥にはわからない。柚禮も眼を凝らしているところを見るとわからないのだろう。
「当然だろう。シールドが張ってあるのだから。どちらかがくたばるまで消えんだろう」
さもどうでもいい様な、まるで映像を見ているような言葉の軽さに正直驚く。どうやら綺邑の眼には中の様子が見えるようで薪が軽く圧されていることはわかると教えられる。何とかならないか頼むが綺邑はそれを拒否する。
「私に何をしろと言う。あれは奴の戦だ。手出しなどしない」
手出ししたことすらをきっと薪は嫌がるだろう。昔の因果を断ち切るために来たのだから。ここで自らの手で終結させなければ自己の中で完結することができない、もう二度と前へ進むことができなくなる。己の中にある禍々しいものを外へ出すために必死に足掻いているのだから。無駄に手出しをしてそれを折ってしまってはならない。
そこまで言い切り、薪を理解している綺邑に驚いた儒楠は言葉を失う。
「案ずる事は無いさ。この場で奴は死なんよ」
死神である綺邑なら死相を読み取ることができるのだからこんな小さな眞匏祗の存在の生き死になど簡単にわかるのだろう。それを聞いても不安になるのは当然のことだ。穂琥は小さく薪の名を呼ぶ。別に支障は無いだろうと言う綺邑についに穂琥は怒号を上げた。
「平気じゃないのよ!死ぬとか死なないとかそういう問題!?違うでしょ!少しでも傷ついて欲しくない、少しでも元気でいて欲しいって思う!それが普通でしょう!?あんたにはそういうのが無いわけ?!」
荒れる穂琥の感情とは裏腹に綺邑は静かに落ち着き払っている。そして冷たく言い放つ。
「甘いな。平凡な生活に浸りきった腐った奴の言う台詞だな。あれは己の怒りをぶつけているのさ。本当に怒った時、邪魔されたくは無いだろう?間に入って欲しいとは思うまい」
綺邑の言っていることはわかる。それでもそれがいいという判断はおかしい。穂琥は必死で食い下がろうとするがそれを儒楠が止めた。
「綺邑の言うとおりだ。母の・・・・失ってしまった役夸や長夸の・・・たくさんの者達。そして穂琥の。それらの想いと仇。それを背負っていることは間違いないんだ」
切なげに言う儒楠の言葉に穂琥は既に返す言葉を失っていた。ただもどかしいもやもやした気持ちの悪いものが渦巻いている。
「解かれた」
綺邑の鋭い言葉に今まで考えていた事など全てが吹っ飛んであのシールのあった方向へ眼を向ける。
上の方から一気に煙が抜けていく。その中心に立つ影が二つ。それを確認した直後、綺邑がふっと消えた。その速さに本当に感嘆する。