第四話 もう平気
学校が何やら騒がしい。それに嫌な予感を覚えた薪は急いで階段を駆け上がった。自分の教室に入るとやはりどこか騒々しかった。
「何があった?」
近くにいた籐下に話しかける。籐下は薪が来たことを確認して小さな声で喋る。
「侵入者が来たらしい。このクラスじゃないんだけど。しかも2、3人怪我したって」
それを聞いて薪は教室を飛び出した。
「あ、おい!薪!相手は凶器を・・・って、いないし」
籐下は肩を落とした。
学内に侵入者。ならば殺気を持っている。それを探ればどこにいるかわかる。早いとこ見つけて処理しなければ怪我人がもっと出てしまう。それだけは勘弁だ。もう二度と、誰かが傷付くところを見たくない。いなくなってしまうことなどあってはならない。それが誰であってもどんな奴でも。
場所は特定した。薪の教室が二階で犯人がいるのが三階の一番端、つまり視聴覚室。薪は走ってその場に向かった。そして勢いよく視聴覚室の扉を開ける。
「誰だ!」
ナイフを手にした男が立っていた。いらだっているようにも見えるその男は腕に人質として少年を抱えている。階からして1年生だろうと推察し薪は体の力を抜く。そしてあたりの確認をする。教師が一人に一クラス分の人数。この中を暴れるのは危険がある。
「お前、何しにここへ?」
抑揚を抑えて男に尋ねる。男はナイフを振り回しながら薪に出ていくように訴える。どうやらこの男に話は通じないようだと判断した薪は、重心を下げる。それから勢いよく地面をけり男の方へ向かう。呆気にとられた室内は薪以外のものは何も動いていなかった。犯人の腕を鷲掴み、少年の腕をつかみ引きはがす。彼には申し訳ないがそのまま後ろへ投げ飛ばした。勢いで転がったが慌てて教室の隅の方へ走っていくのが見えたので少し安心した。それから犯人に顔を向けた直後、右のほほに痛みが走った。しかしそれを無視し薪は男を押さえつける。
「ぐふっ」
抑えられた勢いで声が漏れた男はそれから動かなくなった。
「覇彌!大丈夫か?!」
教師が駆け寄ってくる。
「はい。大丈夫です」
「怪我しているぞ!」
慌てた様子の教師に言われて先ほどほほに痛みが走ったことを思い出す。先ほど男が二本目のナイフを取り出したことでほほを軽く斬られた。しかし感覚的にもう血は止まっているし、正直なところ、この程度の傷は薪にとってはどうでもいいほど小さなかすり傷だった。
騒動がとりあえず収まって男は見事に警察へと連行されていった。教室に戻っていた薪は警察の事情聴取から逃れることに成功した。
「薪、大丈夫か?その頬」
「あぁ、平気。もう痛くねぇよ」
心配して籐下が訪ねてきた。絆創膏を貼るまでもないと判断したのが悪かったのか逆に心配の種になっている気がしたが今更隠したところでどうしようもないから仕方ないんだけど。
薪はふと何かの視線を感じてそちらに目を移した。そこには目を丸くした穂琥の姿があった。
「何?」
あまりに凝視するので尋ねたが穂琥からの返答はなかった。首をかしげた薪の耳に何度も聞き、うんざりとしている響きが入ってきた。
「シン!」
穂琥が叫んだ言葉だった。薪はその言葉を聞いて穂琥へ顔を向ける。穂琥はひどく不安そうな表情をしている。それから勢いよく立ち上がると薪の方へと駆け寄ってきて薪の肩をつかむ。
「そうだよ、シン!私思い出した!いや、全部じゃない・・・一部だけ・・・でもそう!シンだよね!?」
「穂琥、場所を移すぞ」
「うん」
薪も立ち上がってさっさと歩いて行った。その後を追う穂琥。それを見つめるクラスメイト。すでに先ほどの事件が原因で下校が命じられていたので残っていた人もわずか数人程度だったのだけれど。
学校の屋上に上がって穂琥を見る。
「シン、大丈夫?私は、私は・・・。シン、すごく血まみれだったって・・・」
「もう平気だ。それにあれは・・・。いや、いい。とにかく思い出したようで何より」
「うん。シン」
「穂琥は・・」
「シン?」
薪の言葉を遮って穂琥が疑問そうな声を上げる。それに何と答えると再び薪の名を呼んだ。
「シン? 私の名前は?」
「は?穂琥だろう」
「え・・・?」
首をかしげて不思議そうな顔をする。それでやっと気づいた薪は頭を抱えた。
「あぁ、そうか。オレの名前は『薪』。その呼び方はもういいよ」
「薪・・・?」
「そう」
腑に落ちないなりに納得してくれたようだった。単純な奴だから問題ないだろう。昔からそうだった。知っているも何も穂琥は薪にとって・・・。
「お前は大切なオレの妹だ。見つけるまでに時間がかかった」
「ううん。いいの。私も覚えていなかったし」
穂琥の笑顔。これが穂琥なのだ。そしてこの笑顔を封じていたのは薪自身。この土地で過ごすためには自分の生まれ育った環境のことを覚えていては厄介だから。こちらに送るときに記憶を消した。いや、封じ込めておいた。その封じたせいで表に出ずに随分と長い間探すことになった薪の探し物。そして再びこうして出会えた時にその封を解き、ともに生まれ故郷に帰ると決めていた。そう。『眞匏祗』の地へ。




