第三十九話 フテクサレ
話しに区切りがついたので、綺邑は堺へ一度戻った。そして英気を養うためと薪は寝ると言ったので穂琥と儒楠は部屋へ戻ることとなった。全く風貌のわからない死神、綺邑に穂琥はどこか不安な感情を抱いた。男か女かも見た目では判断できぬ死神。声と喋り方からするに男だろうか。とにかく、不安な感情。いや、もしかしたらこれは不安ではないのかもしれないが。穂琥としてもよくわからない不可解な感情が自分の中で渦巻いていた。
眠っている中に誰かの呼ぶ声がする。うっすらと目を開けて薪の顔を目にして驚き飛び上がった。その反応に少しだけ薪も驚いたようだが、なにぶんこういったことはいつものことで薪のほうは慣れているようだった。そして儒楠が扉から入ってくるのが見えた。一瞬、逆かと不安になったが、服装であっていると判断する。相変わらず本当によく似ている。コレで声まで似ているのだからややこしい。
「体は平気なのか?」
「あぁ、もう大丈夫。それにこれ以上綺邑を待たせられない」
薪の言葉を聞いてむすっとする穂琥。薪はその様子は察知しどうしたのか尋ねる。しかし穂琥はプッと不貞腐れたようにそっぽを向いて部屋を出て行ってしまった。
「あ、おい・・・準備とかしろよ?!」
「ほうっておきなって。ちゃんとできるよ」
「いや・・・」
儒楠に諭すように言われたが、薪としてはその穂琥の不可解な行動の意味が理解できない。きっと儒楠にはわかる、とまでは行かなくても察しがついているのかもしれない。
「嫉妬、かな。流石にわからないから勘だけど」
「嫉妬・・・?」
儒楠は小さく微笑むだけで部屋から出て行ってしまった。薪は腕を組んで儒楠の言った言葉の意味を深く噛み締めた。
ため息をつきながら歩いていると何だか不思議な気分になってきた。一体、自分はどうしてこうも苛立っているのか、理解ができない。何かに腹を立てていることには変わりないのだろうが、何に腹立っているのかよくわからない。薪と話しをしていると苛立ちを覚えるから、薪に対して腹立っているのだろうか。そう思っても頭に浮かぶ薪はいつもの薪で別に怒れることは何もない。
そんな考えをしていると悟ったように薪に声を掛けられた。少しだけ罰が悪い気分になりながら薪の言葉に反応して声のしたほうに目を向ける。
「どうした?さっきは突然部屋を飛び出して」
「うるさい!どうでもいいでしょ、そんな事!」
さっきまでの考えがまるで嘘みたいに薪に対して怒気を篭めた口調を返す。穂琥自身、それに驚くくらいに。しかし薪は驚く様子も見せずにそっと穂琥に語りかける。
「嫉妬・・・か?」
薪のその言葉に何かぞっとしたものを覚えた。しかし、本当にそうなのか自身でもわからないのだから答えようがない。そう答えて薪は満足するだろうか。いや、きっとせざるを得ない。嘘をついていないのだから。
「わからない。本当に・・・それは・・・わからないの・・・」
「・・・そっか!」
薪の回答。穂琥はその違和感に硬直した。そしてそんな硬直した穂琥を見て薪は疑問そうな顔で何かと尋ねた。そしてそうやって何、と尋ねられてやっと気づく。これは薪ではない。
「じゅ、儒楠君?!」
「あはっ!やっぱりバレたか!できると思ったんだけどね・・・。アイツはムズイな」
「いやいや、十分だまされたけど・・・。薪は『そっか』とはいわない気がしてね・・・」
儒楠は参ったといわんばかりに笑いながら頭をかいた。儒楠は足で床を軽くたたくと瞬く間に服装が変わった。
「悪いね、騙すみたいなことして。薪になら本当の気持ちを話せるのかな?って思ってさ」
「ううん、平気。薪に言うほうがもっと無理だよ」
穂琥の少し暗い表情に儒楠は肩を落とした。そして、もうすぐ出発するということを穂琥に伝える。
「準備、とかって何をしたらいいのかな・・・?」
「オレは心構えだけを持っていくよ。今から争いに行くんだからね。正直、それに穂琥を連れて行くと判断した薪に驚きだけどね」
穂琥は儒楠の言葉に頷く。地球で育ち、眞匏祗として生きたのはこの数ヶ月の間だけだ。にもかかわらずいきなりの実戦、ましてや薪が過去に苦渋を強いられた相手となれば尚更のことだ。
「大丈夫。薪は絶対に護ってくれるよ。それにオレも」
儒楠のその言葉に嬉しさを覚えながら穂琥は小さく頷く。
穂琥と儒楠は薪の待つ部屋に向うと、薪は綺邑と会話をしていた。遅かったことを薪が軽く笑いながら儒楠に言う。話を少ししていたからと言い訳をする儒楠に薪は不思議な笑みを送った。
「さて、じゃぁ出発と行きますか」
「向こうに着いたら呼べ」
綺邑はそれだけを言い残して消えてしまった。薪は困ったように笑っていた。
そんな消えた綺邑の後をずっと見る儒楠に穂琥が不思議そうな顔で覗き込む。それに気づいた儒楠は小さく笑って薪に綺邑の『眼』について尋ねた。
「あいつ、紅眼だよね・・・?」
「いや、あれはオレ達眞匏祗の扱う『眼』とは別のものだ。・・・詳しいことはオレの口からはいえない」
薪はそう言って少し俯いた。
城を出発して随分と時間が経った。人間と違って車という動力源がある訳ではないので移動となると自らの身を以って移動する羽目になるので地球育ちの穂琥にとっては不便を覚えるものだった。ただ、薪や、地球にあまり滞在していない儒楠にとってはこの移動方法に不服はないようだった。
「ところでさぁ。お前を落とした奴っていうのは名前なんていうんだ?知っているんだろう?そのくらい」
「あぁ、劉喘って言った」
「りゅ!?」
儒楠が足を止めた。あまりに突然だったので薪と穂琥は急ブレーキを掛ける羽目になった。悪いと謝罪をして儒楠は再び足を動かす。眞稀を使っての移動でかなりのスピードが出ている。速さ的に言えばおそらく車とは段違いのスピードとなるだろう。
「知っているのか?」
「知っているも何も。俺の両親を死に追いやる原因を持ち込んだのは劉喘だ・・・」
重たく苦く口を開いた儒楠に薪は苦痛な表情を浮かべた。己を苦しめたその眞匏祗はまったく別の所でも世界を壊そうとしていた。まるで己の父親のようで気持ちが悪かった。
「ストップ!」
当然薪が止まった。慌ててストップすると薪が小さな声であそこだと指差した。その先には掘っ立て小屋のようなものがあった。あんな小さな家に住んでいるのかと首をかしげた穂琥に薪が訂正を入れた。あれはあくまで外見だけで、地下のほうにかなりの大きさのスペースが隠されていると。