第三十八話 ヨビカケ
とにかく、相手の数を知ることはできた。ならば後は此方も戦力を固めなければならない。
「一祇、足りないんだよなぁ」
薪がぼそりという。その言葉に反応したのは無論、儒楠と穂琥。
「は?どういうことだ、それ・・・?」
「ん?言ったままの意味だけど?オレに、お前に、穂琥。ほら、一祇足りないだろう?」
あたかもすでに了承を得ているかのような言い草に儒楠と穂琥が文句を言わないわけがない。いきなり戦闘メンバーに組み込まれているとは一体どういうことだと文句を言い募らせる。それだけではない。薪ですらそんなに悲惨な状態に追い込まれた眞匏祗を相手に療蔚である穂琥が太刀打ちできるわけがない。
「オレが何の考えもなしに穂琥を入れる訳ないだろ。穂琥は体術そこそこできるんだよ。オレが鍛えたからな。向こうには一祇、眞稀を使えないやつがいる。そいつの相手をしてもらう」
「はぁ!?それ眞匏祗か!?」
「あぁ。世の中にいるんだよ、そういう『奇病』を持ったものが」
眞匏祗の眞稀を生成するのは無論、魂石だ。そしてその魂石に絡みつく糸のようなものが体内を駆け巡り眞匏祗としての特権、眞稀を体外へ放出し技を行使できるようにしている。しかし、数多くいる眞匏祗の中でもごくまれにこの魂石に絡みつく糸が途切れてしまっているものも存在する。故に、魂石は体内にあるのに眞稀を扱うことができない、そんな病を有している者がいた。
「なるほど・・・まぁ、わかった。それはいい。ただ、一祇足りないのはどうするんだ?いけるのか?」
「ん~、無理だな」
簡単に言い切る薪。儒楠と穂琥は愕然とする。しかし何かなければこんな絶望的な状況をわざわざ話すわけがない。問い詰めると薪は少し困ったような顔をしてため息をついた。
「一つ・・・戦力として不足ないヤツならいる」
「じゃぁ、その方に頼むの?」
穂琥が尋ねるとさらに薪は深刻な表情をする。
「ん~・・・。まぁ。ただ返事をくれる自信がないんだよな・・・・」
弱い言い方に儒楠は怪訝な顔をする。その薪が頼ろうとしている者は本当に強いのか尋ねると薪は余計な言葉を加えずただ一言、強い、と答えた。薪がこんな風に言うということは相当強いのだろう。
「アイツは本当に強い」
あまりの薪の押し具合に穂琥は少し呆れた声を上げた。
「何その褒めっぷり。それじゃまるで薪より・・・」
「オレより強い」
冗談のつもりで言うつもりだったが薪はまじめにそう言い切った。薪より強いなどありえるはずがない。この世界のトップ、愨夸である薪が。
「いや、おかしいだろ、それ。愨夸よりも強いなら何故経歴がない?名すら、知られていない?」
薪は儒楠の質問に上目遣いで答えた。
「オレだけ、だからだ。あったことがあるの」
その言葉に果たして理解できうるだけの情報が入っていただろうか。素っ頓狂な顔をした儒楠と穂琥はただ薪が次の言葉を続けてくれるのを待っていることしかできなかった。
「そいつは・・・堺。堺の住人」
儒楠が急に黙り込んだのが気になったが穂琥はとにかくそのものがそんなに強いなら頼めばいいと言うが薪は肩を落とす。
「言っただろう?オレはあの世に嫌われているって。つまりその住人に嫌われていてね。オレがあの世に行くこととなるとどうやら面倒らしい」
儒楠は怪訝な顔して薪にそっと尋ねる。
「でも・・・・確か・・・その・・・・」
言いよどむ儒楠。薪は儒楠が言いたいことを悟って先に回答を投げる。
「そう。アイツに会ったら二度と帰っては来られない。あいつは行き先を決める。天国か地獄か。そして生きているものを死へと誘う」
ならば戻ってこられた理由はなんだ。薪はそのものと出会ってもなお、こうして生きてここに存在している。薪もその真意まではわからないらしい。だからただ嫌われているんだと繰り返すだけだった。
その間、穂琥がずっと黙っていたので薪が気になって声を掛けると一回目では反応しなかったので儒楠に頼んで頭を小突いてもらった。そうしてやっと現実に戻ってきた輪が妹へ何を考えていたのか質問をする薪だった。
「二度・・・って言ったでしょう・・・?それって過去にも一度、死に掛けたってことで・・・。あの時のことかなぁ~・・・って思って・・・」
「ふぅん。お前にしては勘がいい、というか考えたな」
薪は小さく笑う。そう。過去のあの日、自らの腕を毅邏で切り裂いて生死の境をさ迷った。その際に出会ったのがあの堺の住人ということになる。
儒楠のトーンが低いので穂琥が顔を覗き込むとどこか腑に落ちない顔をしていた。
「堺の話は噂でしか聞いたことないけど・・・いや、実際に行って帰ってきた者なんていないからなんだけどさ・・・。噂に寄れば、その住人って・・・」
言葉を微妙に選んでいるように発言する儒楠に穂琥は首を傾げる。おそらくそれを方っていいのか悪いのか、わからないからのようだ。しかし薪は儒楠のそんな気苦労もないように簡単に答えた。
「あぁ、そうだ。『死神』だ」
「しに!?何それ!?え?!」
そんな存在がいたことなど毛ほども知らず穂琥は混乱したが薪は無視して続ける。
「とはいってもここでうだうだやっていても仕方ないからな。とりあえず聞いて見る。呼応はしてくれるはずだからね」
薪はなんとも複雑な笑みを見せた。それから目を伏せてなにやら意識を集中しているようだった。そして息を大きく吸ってぱっと目を開いた。
【ってな訳で。手伝って貰いたいのだけれど。戦力のプラスになって貰えないかな?】
何だか微妙にずれたように聞こえる薪の声に違和感を覚えつつもその様子を観察する。しばらくの間呼応しない。薪も苦笑いしている以上、おそらく本当に呼応されていないのだろう。
【貴様の為に私に動けと?】
どこから聞こえたかわからないけれど頭の隋を揺るがすような重たい声が響いた。薪はその声を聞いて異様に嬉しそうな顔をした。
【お、呼応してくれないかと思ったよ。いいだろう、仕返しさ。これ以上好き勝手させたらこの世界の均衡が崩れてしまう】
嬉しそうな表情の奥に強い警戒を感じた。怒らせてしまっては元も子もないからだろうか、穂琥には真相はわからない。薪の言葉に尚も否定を入れる声。おそらくこの声の主こそ、死神なのだろう。
【オレを最初にあんたの所に連れて行った奴の始末ぐらい手伝ってもいいんじゃね?】
【何を寝ぼけている?あの時、私の所に来たのは自分からであろう】
鋭く重く低い声。薪にぐさりと刺さる。薪はひどい苦笑いをする。
【そうやってオレの傷口を開こうってわけ・・・】
ふんと鼻を鳴らすような音が聞こえる。どうやら死神の方はそこそこ不機嫌のように思える。ただ、しばらくの沈黙の後に死神から声が届いた。
【奴がいると確かに此方でも対処出来ない時も有るがな】
不機嫌そうに言ったその言葉に鋭く反応したのは薪だ。
【だろ!?そいつを潰すんだって!手伝ってくれよ!】
【・・・ふん】
【うわー!ありがとうな!】
・・・え?今、薪が礼を言った理由が穂琥にも儒楠にもわからない。それでも薪の中では完全に消化されたようだった。何ゆえ今のが肯定になるのか分からないけれどきっと薪の様子からするに説得できたのだろう。薪は続いて顔合わせということでコッチに降りてきて欲しいと願い出ると死神はそれを受理した。
死神が姿を現す。本来ならその姿を目にしたものは生きて変えることは罷りならないと言われている所謂伝説の存在。それを目にして儒楠はどこか感激しているようにも見えた。姿は真っ黒い服を着てフードをかぶり口元も覆われているので正直目元しか見えない。しかもその目元、橙の髪が顔半分を隠してしまっているので実際に見える部分は左目元側だけだった。鋭い目つきは本気の状態の薪を凌ぐほどだった。
「ようこそ、我が星へ」
薪がその死神へ言葉を送る。不機嫌そうに反応するその姿を見て穂琥は呆然とした。なんとなくもっと恐ろしげな風貌を想像していた。薪の言葉にやや不機嫌そうに鼻を鳴らす。薪が名をどうするか尋ねると死神は綺邑と名乗った。
「ともかく。今は時間がないんだ。あいつらが何をするかわからない以上、事は急がないといけない。だからオレが回復しだい、すぐに城を出る」
「え、ちょっと・・・もっと休んだり戦闘に備えてとか、ないの・・・?」
「言っただろう、時間がないんだ」
「なら、回復を待たずとも良いだろう」
綺邑の言葉に薪は苦笑いをして相変わらずキツイな、と文句を言っていた。