第三十三話 ココロヨリ
薪の言った言葉の意味はきっととある術のことを指しているのだろうと推測するが、それを穂琥に言うつもりは儒楠には無かった。薪に直接、穂琥へちゃんといわせるために。儒楠は部屋に入る。穂琥がベランダのほうにいたのでそちらに足を運ぶ。
「穂琥・・・?」
「・・・途中から途中まで、聞いていた・・・」
「え・・・あ・・・・」
予想外の言葉に儒楠は焦ったが、よく考えてみれば怒号を上げたのは儒楠だし、否が応でも耳に入るかもしれないと思うとどこか恥じらいを覚えた。
「どうして・・・薪は・・・」
「あ・・・いや、まぁ。薪は結構捻くれて・・・」
「違う」
穂琥はあっさり否定した。てっきり薪のあの強情っぷりを言っているのかと思ったのだけれども。
「たぶん、嫉妬になる。薪は私に何も言ってくれないのに。なのに・・・なのに・・・。儒楠君には・・・あんなに感情的に・・・」
儒楠は穂琥を見て相当焦った。穂琥が肩を震わせているのと雰囲気から察するに泣いているのだろう。慰めの言葉を言おうと口を開きかけたが、穂琥の行動のほうが早く儒楠は言葉を出し損ねた。
「薪のぶわぁかぁ!!」
手すりを鷲掴みにして夜の空へと声を轟かせる。それから穂琥は手すりに沿って崩れ落ちてしまった。そんな穂琥の隣にそっと寄る。
「どうしてよぅ・・・。私・・・妹だよ・・・。なのに・・・どうしてよぅ・・・」
泣いている穂琥の頭をそっと撫でる。艶やかな髪を伝って穂琥の震えを感じる。
「大丈夫。帰ってきたら言ってくれるよ」
「・・・ほんとう?」
「あぁ、だから帰ってくることを信じて帰りを待とう。そして帰ってきたら言えよって脅せば良いさ」
穂琥は顔を歪ませて儒楠に飛びつく。号泣する穂琥をそっと包むように儒楠は抱えると部屋の中に連れ戻す。そして穂琥が落ち着くまで穂琥を抱きかかえる。
「薪・・・かえって来るよね・・・」
「アイツは大丈夫だよ。どんなになっても絶対に戻ってくるよ。誰かのためにね」
「・・・何、それぇ・・・。誰かって・・・」
「あれ?わからない?穂琥だよ、穂琥」
鼻を啜りながらの穂琥と会話。しばらくするとその会話も途切れた。静かになった穂琥を確認するとすでに眠ってしまっていたことに気付き、儒楠はそっと穂琥をベッドに運んで寝かせて部屋を出て行った。
目が覚めた穂琥は予想以上の目と頭の重さに驚いた。すると部屋の扉が開く音がしてそちらを見ると儒楠が入ってきたのがわかった。
「おはよう。っていうか、こんにちは」
「こんにち・・・こんにちは!?」
穂琥は飛び起きて時間を確認しようとして時計が無いことに気付いて窓の外を見ると太陽が真上にあることに気付いた。おおよそ正午だ。
「昨日、結構な時間まで泣いていたからね」
優しく微笑む儒楠の笑顔を見てから儒楠の言った言葉を理解して顔が赤面するのを感じた。そうだ、昨日の夜は儒楠の元、号泣してしまったのだった。
「わぁ・・・。薪に見られたみたいで恥ずかしい・・・・」
「アハハ!」
笑う儒楠に笑うなと文句を言いながら何とか気持ちを落ち着ける穂琥。
「さて。愨夸がいなくなったから代行して仕事をしないとね」
「仕事?そういえば愨夸って普段何しているの?」
「え・・・・・?ちょ・・・それもわからないで愨夸の妹やっているの・・・?」
儒楠のその台詞を聞いてまたもや赤面しながら何も教えてくれないんだと文句を言う穂琥。儒楠は長い間地久にいたからかと納得するように頷いた。とりあえず会議室へ向かって長夸なり役夸なりに話を聞こうということになった。
「会議室の場所、わかるの?」
「当たり前だよ。城の構図は大体頭に入っているからね。とはいっても薪ほどじゃないけどさ」
笑いながら儒楠は歩き出した。
「儒楠君、すごーい!」
穂琥は感嘆の声を上げて儒楠の後を追った。そうして会議室に到着すると長夸はいるように見えなかった。そこで儒楠は役夸に声をかける。
「薪様・・・?!」
「あぁ、悪い。違うよ」
「じゅ、儒楠様でしたか・・・・!申し訳ありません・・・・!」
「いや、いいって!それにオレなんかに敬語を使う必要なんてないよ~」
軽い言葉を述べて手をひらひらさせて奥へ入っていく。書類とかに目を通していた。
話が終わった儒楠が帰ってきて仕事をするよといって会議室を出る。後に続いて儒楠の歩みが城外へ向かっていることに気づいて少し戸惑ったが儒楠が優しく笑ったのでどこか安心した。