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眞匏祗  作者: ノノギ
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第三十一話 ニクシミノナカ

「あまり見たことないな」

ボソッと儒楠が言う。何を考えているのかわからないと穂琥は言う。しかし、儒楠はそれを否定した。

「いや。アレはむしろ何も考えていない。直感で何かを得てそれに基づいて動いているだけだな」

「凄いな・・・」

「あぁ、オレもそう思うよ」

同感してきた儒楠に否定を入れる穂琥。穂琥が凄いと思ったのは別に薪に対してではない。薪はそのくらい出来そうな気もするからあえて凄いと表現する意味を成さない。ここで穂琥が凄いと感嘆したのは儒楠に対してだ。

「私、妹だけど薪のことそこまでわからないよ・・・」

落ち込み気味の穂琥を見て心配したのか儒楠は一緒にいた期間が長いからだよとフォローをする。しかし、穂琥としては例え儒楠と同じ時間だけ薪と接していても果たしてそこまで薪を理解することが出来たかは疑問なところだった。

「男同士だしなぁ。それにあくまで薪にとって穂琥は『護るべき存在』だからね。護らなくちゃいけない。だからこそ、自分のことをそんなに出せないんじゃないかと思うんだよ。それに対してオレは護るべき存在ではないからね」

それはきっと薪が意識しているのではなく無意識の中で。だからこそ、穂琥はこれから薪に対して自分は護られるだけの存在ではないのだと主張する必要があるのだろうと儒楠は語る。そうすることできっと穂琥だけではなく薪にとってもいい方向に向かうように思えると儒楠は笑う。

「うん。よし!頑張ってみよう!」

「そうそう。頑張って・・・」

儒楠の言葉を遮って部屋の中らから何かが壊れる音が聞こえた。驚いて固まった穂琥とは逆に儒楠は鋭く反応し、部屋の扉を開け放った。

「薪!」

部屋の中には娘の脇で頭を抱えるようにして蹲っている薪がいた。その傍で棚の上に飾られていた花瓶が割れていたので、先ほどのものが壊れる音はそれだと断定できた。小さく震える薪の元へ駆け寄ってその背に触れる。

「薪?!どうした!しっかりしろ!」

口をわずかに動かしたのを見て儒楠は薪の口元に耳を近づける。そしてはっとした顔をして一度薪から顔を離してそれから薪の肩を鷲掴みしてそのまま大きく揺すぶる。

「お、落ち着け・・・。な、なぁ・・・?薪・・・何があった・・・?」

儒楠のその取り乱し具合を見て穂琥は不安を煽られる。そうして不安に駆られている穂琥の耳にも聞こえた衝撃的な薪の言葉。

「叩き斬ってやる!」

最早それは怒号。今までに見たことないほど怒りに満ちたその表情に穂琥は初めて薪に恐怖した。完全に我を失ったかのように薪は強烈な眞稀を辺りに振りまいた。その勢いに誄洲たちは完全に気圧されていた。

「薪!おい、薪!落ち着けって!!薪!」

肩を大きくゆすって何とか薪を正気に戻そうとする儒楠。その甲斐あって、薪は一瞬はっとした顔をして儒楠の名を呼んだ。

「大丈夫か・・・?」

「・・・あぁ・・・悪い・・・」

やっと落ち着いた薪を見て酷く安堵した儒楠と穂琥。穂琥も儒楠も薪の安否を尋ね、大丈夫だと辛そうに答えた。それから先ほどの薪の眞稀で気圧されていた誄洲たちに顔を向けると呆れたような、疲れたようなそんな声を発する。

「とんでもない奴を雇ったもんだね。昔だからといって全く追跡できなかった理由がやっとわかった」

どっと疲れたように息を吐きながら薪は言う。誄洲が困惑したような表情をしているのを見て薪の中で怒りが沸いたようで表情をきつくして薪は怒鳴るに近い声を上げた。

「貴様は眞匏祗か?アイツの気配にも気付かなかったのか!」

握る拳に力が入りすぎて軽く震えている。薪がここまで取り乱す理由。それは・・・。

「この眞稀はアイツのものだ・・・・。アイツの・・・力・・・」

苦しそうにそして怒りを滲ませて薪は言う。諸手がその篭めた力で震える。儒楠は薪の言ったアイツと言う存在に心当たりがなく、誰なのかを訪ねたところ、薪ではなく穂琥が答えた。

「あの時の眞匏祗のことだ・・・。薪の・・・様子が、そうだ・・・。名前も知らない・・・。それでも憎むべく存在。薪を追い込み苦しめた眞匏祗だ・・・」

「誰、それ・・・・。そんな奴が・・・そんなことを出来るやつがいるのか!?」

儒楠の言葉に穂琥は少し驚く。てっきり薪はあの時の話をしているかと思った。あの、父と母を失ったあの日のことを。

「言ってない」

薪は暗い表情をしながらいった。

「ごめん・・・」

「いや、いつかね。言おうと思っていたから」

薪はため息をつきながら遠くを見る。そんな薪の手はもう震えていなかった。誄洲は眉間にしわを寄せて一体何のことかと思案している様子だった。

「お前みたいな盆暗な眞匏祗でもこのくらいは知っているだろう。『紅い月』て」

誄洲はその言葉を聞いてわずかにまぶたを振るわせた。おそらくそれはこの世界で、畏れられている言い伝えのようなものなのだろう。紅いは眞匏祗たちの血を意味して月は城を意味成す。

「あぁ、有名だな、その言葉」

儒楠も暗い顔で言う。そして薪はその言い伝えのようなものが自分を指しているのだと打ち明ける。誄洲も儒楠も大きく目を見開いて薪を凝視した。それから誄洲は酷く震え始めたが、儒楠は逆に力を抜いて眠っている娘に目を移した。

「なるほど。この娘さんを術中に落としたのはそいつで・・・昔、お前も落とされたということか」

「よくわかったな」

「当たり前だろう。お前がいくら嫌いな相手である巧伎様であっても、殺そうと思うわけねぇからな」

薪は切なくも小さく笑った。そしてすぐさま表情を変えた。しかしその顔に恐怖は無い。いつものしっかりとした薪の顔だ。

「さて。今から術を解くとしよう。儒楠、眞稀貸して」

「・・・なんだ。借りるのか。足しにならないといってなかったか?」

「言ったかな、そんなこと。忘れたな」

「ったく」

少しだけ調子が戻ったようで安心する穂琥。

 娘の額に手を置く。そしてその上に儒楠がかぶせるように手を置く。これで準備は終了。後は眞稀を練り上げるだけだ。

「じゃ、いくぞ」

「おう」

薪が眞稀を練る。赤い光が辺りを包み込む。そうしていると、儒楠は酷く驚いた顔をした。その理由を問うことは今、出来るわけがなかった。

 辺りを包んでいた赤い光が消える。そして薪も儒楠も娘から手を離す。落ち着いている薪とは裏腹に儒楠は酷く息を切らして苦しそうにしていた。

「だ、大丈夫?!」

駆け寄って安否を尋ねるが、儒楠は答えない。その代わり苦しそうにしながら薪を見詰める。

「薪・・・お前・・・」

しかし薪は儒楠のそんな言葉を無かったかのようにして誄洲に直に目が覚めるだろうと伝え、立ち上がる。

「帰るぞ」

「え・・・、ちょ・・・」

「いい、行こう・・・」

息を整えた儒楠が穂琥の肩に手を置く。そして弱く笑って見せると立ち上がって帰宅の準備を始める。



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