第三十話 キョウハン
ルイス(誄洲)=レット=デムナと名乗った男は相当切羽詰った様子で薪に懇願している。どうやら娘が病に侵されてしまってどこの治療所に当たっても受け付けてくれるところがなく、最後の頼みとしてここへやってきたらしい。
「仕方ない。観てみよう。ただし、治るとは限らないぞ」
「はい!ありがとうございます!」
誄洲は嬉しそうに笑っていた。こうやって人を喜ばせる力を有している薪がなんとも羨ましかった。あ、人じゃなかった。
「おら、支度しろ。お前らも来るんだろう?」
「何々?眞稀に自信が無いの~?手伝ってあげるよぉ~」
「うるさい!お前の眞稀なんぞプラスになるか」
「かといってぇ~。結局最後には必要になるんでしょう~」
「うっさい!」
薪と儒楠のやり取りを見て、添琉は苦笑いを浮かべているし、誄洲にいたっては薪にそっくりな儒楠を見て余計に驚いていた。それでも穂琥はこうして薪が友達と会話しているような風景を見てどこか和んでしまうのだった。
誄洲の家に着くと、薪は少し表情を硬くした。儒楠はそれに気付き、怪訝な表情をする。
「何か・・・変な・・・・」
「変?」
薪の言葉に返すが薪はなんでもないとはぐらかしてしまった。そうして誄洲の家の中に入っていく。
娘のいる部屋へ案内される。部屋の中には横になった少女が苦しそうにしていた。
「この娘、なんだよな?」
「え?は、はい。そうですが」
「ふぅん」
薪の違和感を拭い捨てることが出来ず、儒楠は薪の横に立って顔を窺いながら聞く。
「何か変だぜ?」
「・・・あぁ、オレもそう思う」
予想外の返答に儒楠は目に力をなくした。それから呆れながら、否定して薪のことを言ったのだと伝えると薪は少し驚いた顔をした。それから黙り込んだので、回答を催促すると渋々といった様子で答える。
「・・・違和感。何かが変だ」
デムナ、と言うと代々特殊な病に犯されるというものがあり、不治の病とも言われていた。どうやら薪はてっきりその病だと思ってきたらしいが、どうにもそれではないようだった。腑に落ちないところを持ちながらも薪はその娘の様子を見るために娘の脇に腰を落とした。
薪はその娘の様子を見ると、すぐに怪訝そうな表情を浮かべた。それが気になって儒楠も薪のとなりに腰を下ろした。そして薪は怪訝な表情から若干の怒りのような色を見せた。儒楠は一体それが何を意味しているのか考えて娘を凝視する。そこで初めて薪の言った違和感というものに気付き、その違和感の正体も理解した。
「ん~・・・。さすが薪だな・・・。直接見たわけじゃないのに気付くのか・・・」
「まぁな」
薪は面倒くさそうにため息をついた。その様子を見ていた穂琥が後ろから苦情を言った。
「あなた方ね!勝手に納得していないでくれますか!?全く意味がわからないんですけど!?」
「誰かの術中に落ちている」
薪がさらに面倒くさそうに言った。それから誄洲にこの娘が目を覚まさなくなる前に誰と接したのかを尋ねると誄洲は酷く困った表情を浮かべた。
「申し訳ありません・・・。その子はその・・・。あまり顔向けできるような子ではなくて・・・・」
誄洲は至極言いづらそうに言った。そら、言いづらいだろうと、納得していると、隣で頭の上にハテナを浮かべた薪がいることに気付いて儒楠は少し笑う。それを無視して儒楠は誄洲に言う。
「誰との接触が最後かわからない以上、誰に掛けられたのかわからないからどうしようもねぇぞ」
誄洲はさらに困った表情を浮かべる。それと同時に薪のほうも言っている意味が理解できないらしく首をかしげている。こういうことは本当に珍しいのでどこか楽しくなる儒楠だった。儒楠はこのまま薪が理解できない状態であったら困るので穂琥に説明するように頼み、穂琥と薪は部屋を出て行った。それを見計らってずっと疑問に抱いていたのだろう、誄洲が尋ねてきた。
「あの、貴方は薪様や穂琥様に対して敬意を払わないのは何故?」
「間違っているな。敬意は心の底から払っている。ただ、敬語を使わないのは幼馴染で薪が敬語を使うのを拒否しているからだ」
「そ、そうですか・・・」
儒楠に頼まれて薪に説明をするが全く話にならない。こういった類の話になると薪は極度に鈍くなる。
「だから!あの子は色々な男の子に手を出していたって事!」
「手を出すって・・・」
「あーもう!そういうことも理解できるようになっていなさい!」
「お前に指図される覚えはねぇよ!」
どこから始まったか知らない兄妹喧嘩も、何とか穂琥が一息ついて沈めて色々な男の子と付き合っていたのだと伝えた。
「・・・・・・それが?」
「だぁかぁらぁ!!」
「何をしているの」
叫んでいる最中に儒楠が割って入ったが、穂琥の叫びは止まらない。
「薪のばぁかぁ!」
「お前にだけは馬鹿呼ばわりされたくないわ!」
「儒楠君!もうこいつはだめだ!」
「お前のほうがダメだ!」
そんな二人を見てため息をつく儒楠だった。
一日のうちで色々な男と会っていたから特定がし辛いのだと説明する。
「なんだよ、それだ・・」
「それだけじゃないわよ!」
穂琥は薪の首をわしづかみして叫ぶ。薪は苦しそうにまだ全部言っていないと訴えていた。そんな姿を見て儒楠は半ば穂琥に感嘆する。愨夸である薪の首をそんなに簡単に絞めることができるとは結構すごいことであるのだが。
軽くむせながらも薪は何とかなるといって部屋に入っていった。それに続いて穂琥、儒楠も中に入る。誄洲が少し困った顔で待っていた。
「最後に会ったのはどのくらい前かわかるか?」
「えと・・・一週間ほど、でしょうか・・・」
「わかった」
薪は地面に手を着いて目を閉じた。そんな薪の周りに眞稀が取り巻く。こうして薪が眞稀を練ってあたりに力を渦巻かせているところを見てどこか惚れ惚れしてしまうのは穂琥がおかしいのだろうか。絶大なる力を取り巻かせているその雄姿が恐ろしくも美しい。
そうして目を開けた薪は少し出るといって立ち上がった。
「お前も来い」
「あれ、オレも行くの?」
儒楠の質問に薪はアホかと言わんばかりの顔をしたので儒楠は少し焦ったように笑って立ち上がった。薪は穂琥の耳元で小さく言う。
「誄洲から目を離すな」
「え?」
「何があっても、わかったか?」
理解は出来ないけど仕方なくそれに納得して穂琥はその場に座る。そして薪と儒楠はその場からぱっと消えた。
しばらくすると、誄洲が穂琥に席をはずして欲しいと頼み出た。なぜかと理由を問うとどうやら定期的に行わなければならないことがあるらしい。早めに済ませるようにと伝えて穂琥は部屋を出る。薪の言葉を思い出して少し不安になったが勝手がよく分からないのでどうしたものか悩んだ。
薪たちが帰ってきた。必死で離れようとしている男を連れて。お帰りと言おうとしたがずかずかと歩いてきた薪に勢いよく頭を殴られる。
「目を離すなって言っただろう!」
「だってぇ!!」
薪は舌打ちをして部屋の戸を勢いよく開ける。
「何故穂琥を出した?」
薪の質問に誄洲は酷く焦った表情をした。そして言葉を濁す。薪は仕方なくそれを無視してつれてきた男を見せる。
「覚えはあるだろう?さぁ、自分の娘なんだ。解いてやれよ」
薪の言葉に衝撃を受けたような顔をして誄洲は固まった。どうやら、この娘は今薪が連れてきた男と、この誄洲自らが術の中に落としてしまったようだ。
「ほら、さっさとやったほうが身のためだぞ?」
儒楠が言うが、誄洲も男も黙りきっている。
「はーん。なるほど。それでオレを呼んだのか。落としたまでは良いが、戻せなくなったと?」
「面目ありません・・・・。実はもう一祇おるのですが、術をかけてから姿を消されてしまい。もう、どうしようもなくなってしまって・・・・」
「随分前の術だからな・・・。追跡が出来ないな・・・」
「な、何故昔と・・・!?一週間前といったのに・・・」
誄洲は怯えるように言う。薪はため息をつきながら頭を抑える。
「ここに来てから見縊られてばかりだな・・・・。いいか。オレは仮にも愨夸だ。そのくらいわかる。オレは前愨夸ほど甘くもないし怠けてもいない」
後半の言葉にどれ程重い意味が込められているか、きっとこの誄洲にはわからないだろう。
「ともかくだ。今から治すから。みんな部屋から出ろ」
「どうする?オレも手伝うか?」
「ん・・・・。わからない。必要なら呼ぶさ。そいつら確保しておいて」
誄洲と男を指して薪が言う。儒楠は眞稀で拘束すると部屋を出た。