第三話 昔にあったこと
帰宅時。薪は橙に染まる空を見上げながら歩いていた。そんな時に耳に聞こえた醜い声。
「この前頼んだ分を持ってきてくれた?」
「は、はい・・・」
おとなしそうな男の子が恐喝にあっている、というシーン。よくあることだ。正直、薪の通っている学校は荒れている。正確には荒れていた。今はずいぶんと大人しくなって不良と呼ばれる輩もずいぶんといなくなった。それでもそれの残りかすは存在する。薪はそれを見て軽く過去を思い出す。
薪も転校を多く繰り返している。と言っても薪は親の事情とかそういった類のもではない。そもそも今の薪に両親は存在しない。とっくの昔に・・・。そんな薪があちこち転校を繰り返している理由として穂琥の中にあるかもしれないとあるものを探しているため。ある一定期間その場に留まりその探しているものが存在しないと判断すると再び転校。それの繰り返しだった。故にこの学校には馴染み具合とは比例せず来たばかりと言っても過言ではなかった。そしてこの学校に入ってすぐのことだ。
―お前、この学校に来たら俺らに挨拶するが常識だろ!
―・・・何?
薪が来たばかりの時はこの学校では転入生を奴隷として扱うのが制度として成り立ちかけていたようだった。教師も見て見ぬふりをするという始末。まぁ、相手が手におえない不良たちなら仕方のないことなのかもしれないと少しだけ薪は思っていた。しかしそんな薪の態度に怒りを覚えたか知らんがその不良たちは木製のバットを持ち出して薪に殴り掛かってきた。本来なら正当防衛として殴るところだったかもしれないが、薪にそれをすることは絶対にできない。振り下ろされたそのバットを軽くかわしてバッドを抑える。
―動かない・・・!?
―お前らはガキか?いつまでもこんなことをしていちゃだめだろ
それからしばらく諭すようにその不良たちに言葉を投げかけた。何とかそれをくみ取ってくれたようで奴らは力を抜いてうつむいていた。それからはその不良たちも改心したのか知らないがごく普通の生徒になっていたので正直驚いたくらいだった。
そういったことで転入生イビリは薪の時代で終わり。穂琥は運よくというか。ともかくそれを免れたということだ。しかしそれの残党はいくらでもいる。現に実際今目の前に。
「おい、やめなよ」
「あ?」
恐喝していた男が振り返る。泣きそうな男の子の顔を覗き込んで小さく微笑む。それを見て男は怒号を上げる。
「なんだよ!お前も盗られたいのか?!」
「そんなわけないだろう」
薪は肩を落とす。どうしてこうも知能が低いものか。
「薪君?」
ふっと後ろでした声に振り向くと不安そうな表情の穂琥がいた。予想外の外野の登場に薪は少し悩む。
「余所見かこら!」
そうしている間に男が殴り掛かってきた。薪はそれを見事に顔面に受けた。しかし一二歩下がる程度で大して効いていない。それにうろたえた男が焦った表情で下がる。
「これでも痛いんだからあまり殴るなよ。こっちはどんなにされても手出しができないからさ」
薪は殴られたところをさする。穂琥の方も男と同じように驚いている。普通だと、人間一人が顔面を思いっきり殴れば痛いだろうに。薪はその気配があまり感じられない。確かに口では痛いと言っているけれど。
「大丈夫・・・?」
「ん?あぁ、平気だよ。心配かけて悪いな」
そして男に向き直る。それから隅の方で丸くなっている男の子に目をやって微笑んだ薪の顔を見たとき、穂琥の中で何かが動いた。知っている気がする。最近知り合ったばかりのこの少年をもっと昔に知っている気がしたのだ。
「お前、ここはまぁオレが何とかするから家に帰っていいぞ」
「へ?!え!?」
「いいから、帰れ」
しっしっと言った風に手を振る薪に少し迷った風を見せながらも足を後ろにじりじりと動かし、しまいには少しだけ頭を下げてから駆け出した。男はそれを追おうとしたが薪が肩をつかんでそれを制止する。
「ほらほら。オレとまだ決着ついてないよ?」
男の顔に恐怖心がわいているのを穂琥は見た。どうやら薪に対して何らかの恐怖心を抱いたようだ。それにしても薪とは一体何なのか。穂琥には到底わからなかった。けれど心の奥で何かがもやもやしていて気持ち悪い。この変な感覚を何とかしたかった。薪がこの目の前の男を何とかしたら尋ねてみよう。前にどこかで会ったことありますかって、よくあるドラマのワンシーンみたいなセリフを。
薪からしてみれば最早この男を動かすのはたやすい状況になっているが、穂琥がいる以上油断すると人質にとられてしまうかもしれない。だから薪は穂琥と男の間に立って男が余計な行動を起こさないようにしている。
「お、お前・・・何者だ・・・?」
震える声で男が言う。それを言ったらこっちとしてはおしまいだ。こんな不確定な存在が在るということをこの世界の人間たちは知らない。だからここではただの・・・。
「ただの人間だ」
薪がこの土地に来て唯一『嘘』を突き通すと決めたこと。嘘をつくなら最後まで突き通さなければならない。嫌いな嘘をついている。だからこそ一つだけと心に誓い最後まで嘘であることを決め込む。
こんな話をすればもうわかるかもしれない。薪は人間ではない。人間に姿かたちがよく似た全く別の生物。この世界ではフィクションの世界でしか生きていないちょっと特別な生物。
「まぁ、お前がまだ恐喝とかするというならオレも加減はあまりしたくねぇな」
薪が構えを取ると男は泣きそうな声を出しながら走り出して逃げて行った。その様子をため息交じりに見送る薪はこの世界の人間に呆れを感じていた。しかし。どこか笑ってしまうような感じもある。こうして脅しをかければ大抵は引いてしまうのだから。薪のいた祖国ではそういうことは全くなかった。
「あの・・・」
物思いにふけっていると穂琥から声がかかった。正直今、穂琥の存在を忘れていた。
「何?」
「私と薪君って・・・昔にあったことある?」
予想外の質問に表情を崩したことを後悔した。穂琥もそんな薪の表情を読み取って何かはっとした顔していた。
「あるの?」
「・・・・・」
薪は黙って何も言わない。言わないのではなく言えないのだった。もし仮にこれが単なる偶然で穂琥が何気なしに言った言葉だとしたら自分のことを語って良い訳がない。穂琥が探しているモノであると確信が出ない限り、余計なことは言えない。
薪と別れてからただひたすら自分の中に沸く疑問と戦っていた。結局薪は何も答えてくれなかった。いや、別にそれでもいいのだけれど。薪は何かを隠している。何かを伝えたがっている。何となくそれだけはわかった。わかっている。でもそれが何であるかはわからない。むしろわかったら超能力かって話になってくる。仕方なく穂琥は自分の家へ帰る。