第二十九話 ツキソウモノ
藍飛が言ったことはあながち間違っているわけではない。医療として魂石を利用することが出来て、戦鎖を治すなら戦鎖の魂石、療蔚なら療蔚の魂石を使用することで傷を癒すことが出来る。無論、そういった類の術を行使するためには療蔚という存在が必要なわけだからこの世界はその両端がいるということになる。その他にも魂石にはたくさんの付属能力を有しているが、ありすぎる。
「だから、使うときが来たらそのときに説明するとするよ」
「うん。わかった。いろいろちゃんと覚えておく」
柄にもなく意気消沈しているが、きっとこれに懲りて少しは薪の言った言葉に耳を貸すようになるのならそれはそれでいい。この先、ちゃんと眞匏祗として生きていくのなら。
今日も相変わらず表門には愨夸に会いたいというものがたくさんくる。そのうちのいくつも、愨夸に会わずとも解消できる相談事であるため、役夸たちはせっせとそれらを解消していく。そうしている中に、相談事の内容を言おうとしないものがいた。役夸が集まって何とかしてその理由を問おうとしても断固として口を割らない。ため息を吐いて添琉は辺りを見回した。長夸である彼は長夸の中でも比較的上の階級に当たる。薪ではなかった愨夸の時代に生まれ育ち、そしておそらく誰よりも早く薪の存在を知り敬意を払った者だろう。前愨夸に母を殺されそうになったのを薪に助けてもらった事が添琉と薪の最初の関わり。そんな添琉は薪より少しだけ年上の少年だった。
そんな添琉は辺りを確認して比較的来訪者が少ないことを確かめると仕方なく薪を呼びに行くことにした。
終わる自信がなかったが儒楠の助けもあって何とか片付き始めていた。一息ついていると、部屋にノック音。
「ん?おう、添琉。なんか久しぶりな気分だが」
「お迎えにあがれず失礼しました。それより、表門のところに少々厄介な者が来まして。理由を一切言ってくれないのですよ。何でも『愨夸様でなければ出来ることではない』と言い張ってしまって」
「ん・・・最近、そういう厄介なやつ多いな・・・」
「まぁ、わたくしも・・・」
「おいおい、さっきから聞いていれば。ここにいるのは儒楠だぞ?普通でいいわ」
薪は楽しそうに笑う。そんな薪に少しだけ苦笑いを向けている長夸を見て穂琥は薪に突っ込む。
「何、どういうこと?」
「あ?あぁ、穂琥は知らんか。こいつはソイル=ウルフ=レンヤーといってオレの幼いころに出会った眞匏祗で、どうにもオレを気に入ってくれたらしくてね。オレが愨夸になった時に役夸になると来てくれた奴でね」
少し遠い過去を思い出すように笑う薪の顔。穂琥はこの顔がどこか好きだ。薪の過去を思い起こす顔は比較的辛そうなものが多いけど、こうやって楽しそうに過去を振り返るときもある。それがいいなと、嬉しいと思うのは当たり前の感情でしょう?
「で?何を言おうとしたんだ?」
「えぇ。先日のこともあったから、あまり薪様に報告をするのは止したほうがいいと思ったのだけれど、帰そうとしても帰ってくれないし、役夸もほとほと参ってしまっているのでね」
「わかった。今すぐに行くよ」
薪は添琉の言葉を得て立ち上がった。長夸といっても薪に敬語は使う。儒楠以外にも薪に敬語を使わないものがいたのか。
「そういえばあの時、はっきりいないとは言わなかったか・・・」
「ん?」
「なんでもないよ」
穂琥は小さく笑って薪の後を突いていく。儒楠も今回は薪の後を追っていた。
添琉があちらですと指した先に、確かに男が喚いているのが伺えた。薪はふっと息をついて男の下へ歩み寄っていった。
「さて、お呼びのようで。何か用かい?」
薪の声にすばやく反応した男は薪の身なりを確認し、相手が愨夸だとわかると床に這うように頭を下げた。
「お、おい・・・!止せよ・・・」
薪が慌てふためいて男の頭を上げさせようとしているのを見て、儒楠と穂琥は顔を見合わせて笑った。