第十五話 マモル
金属の高い音。空に木霊して響き渡る。それから金属が地面に刺さるざくっと言う音が耳に残る。
「俺の・・・刀が折れた!?」
藍飛は自分の刀を見て驚いている。刀身が無い。根元からぱっきと折れている。これでは使い物にならない。藍飛は薪を凝視する。
左手に刀を持ち、薪は平然とそこに立っている。右手は相変わらず重たく垂れ下がりまるで神経が通っているようには思えなかった。
「貴様・・・利き腕は・・・!?」
「右だと思ったか?残念だな。オレは左利きだ」
刀を構える。藍飛の眼に初めて恐れの色が見えた。
「オレはね、あまり本気は出さないんだ。例えどんなに非道な奴だろうと、傷つけたくないし、ましてや殺したくない。さっきまではオレと前との攻防だったから何とかそのまま沈静化を図ろうかと思ったけれど、穂琥に手を出したらオレだって本気を出さないわけには行かないだろう」
薪の肢体から放たれる巨大な眞稀に藍飛は気圧される。そうして初めて、愨夸に対してけんかを売ることがどういうことなのかを悟る。今の愨夸は前に比べて随分と優しく、悪く言えば温くなった。愨夸の有していた鋭牙は代が変わって見えなくなった。だからこういった連中が蔓延る。しかし、その温くなった牙は決してなくなったわけではない。大切なものを傷つけられそうになったらその牙は怒りとなって襲い掛かってくる。
藍飛はそうやって薪の大切なものを傷つけて初めて知るのだった。今の愨夸を怒らせることほど、愚かなことは無いということを。
薪は藍飛の懐に飛び込む。焦って刀を構えようにも刀身が無い。次いで新しい刀を出そうとしても、すでに遅い。薪の一撃が藍飛に入る。藍飛の身体は簡単に宙を舞って地面にどさりと落ちる。薪は刀を納めた。
「ぐ・・・う・・・。なんで・・・斬らなかった・・・?」
薪が藍飛を打ったのは峰。しかし、その衝撃は凄まじいものでようやく意識を保っている状態のようだった。
「オレには誰も殺せない。昔たくさんの仲間を殺してしまった。それ以来、オレは誰も傷つけたくないんだ。せめてもの、償いをかねて」
「本当に・・・落ちた・・・もの、だな・・・」
藍飛は意識を手放した。無論、生きている。しばらくすれば眼も覚めるだろう。薪はそんな藍飛のところにいき、懐を漁る。
「ふぅ。傷ついて無くてよかった」
薪は大事そうに魂石を体内に戻した。
そんな姿を見て穂琥は未だに震えていた。
「どうして、助けたの・・・?」
「何だよ。お前まで藍飛を斬れって言うのか?」
「違う。私のこと」
薪は少しだけ表情を凍らせた。それからどさりと座り込んだ。平気を装っているが、相当ガタが来ているのかもしれない。だから、穂琥は今の質問をなかったことにしようとして声を掛けようとすると、薪が先に答えてしまい、その答えに穂琥はわかっていたなりに失望した。
「母上と約束したからな。護る、と」
穂琥は胸が重たく感じた。薪は実際、昔の記憶を辿ると穂琥のことを好いていない事は事実だ。本来なら愛情を受けるべき親からまともにそれを受けることが出来ず、その癖に同じようにして生まれた妹は親から愛情を受けて育った。なぜ、自分だけこんな辛い思いをしなければならない。なぜ、妹は幸せそうに笑っていられる。そう言った感情がきっと薪の中にはあったはずだ。
「そういうのが表向きな理由だな」
「え?」
「今じゃ、本当に・・・。心からお前が好きだ。嫌いだったら・・・地球で、あんなに・・・時間掛けて、探しや・・・しないさ」
弱弱しく薪は言葉を綴る。藍飛から受けたダメージが相当なものであることがよくわかる。穂琥は薪に駆け寄って薪の体重を少しだけ支える。
「お前には・・・死んで欲しくない・・・。ずっと、一緒にいたいよ」
薪のその言葉に穂琥は止め処も無い涙があふれた。ぼろぼろと零れるその涙が薪の顔を濡らす。
「つめたい・・・」
小さな声が聞こえてそれから声が聞こえなくなった。はっとして穂琥は薪をゆする。
「薪!?ちょっと・・・!?眼を開けてよ!薪!?」
意識を失っただけなのか。それとも。
護ってくれたことに心から感謝する。そんな薪の強さ。それが羨ましくて仕方なかった。単に眞匏祗として力を有していると言う強さだけではない。心も、薪は強い。それが羨ましい。でも、それでもその強さで薪だけが苦しむのは穂琥とて耐えられない。出来うることなら頼って欲しい。今回は確かに穂琥が招いてしまったことかもしれないけれど、それでも、薪を支えるための一つになりたいと願ってもいいはずだ。傷だらけの薪など、見たくない。
「おきてよ・・・薪。約束、護ってよ。しんじゃいやだよ・・・。約束・・・破んないでよ、嘘つき・・・!」
「嘘なんて・・・ついてねぇよ」
弱い声が聞こえて穂琥ははっとして薪を見た。瞳は閉じたまま辛そうに呼吸をしている。
「お前をおいて逝きやしないよ」
いつもしっかりとしている声が今は掻き消えてしまいそうなほど弱かった。穂琥は涙を流しながら必死になって謝った。
「何で謝る?」
「だって・・・私のせいじゃん・・・。私が・・・」
薪はそっと眼を開ける。そして辛うじて動く左手をそっと穂琥の頬に伸ばす。
「いいって。これに懲りたら少しはオレの言うことに耳を貸せよ」
「うん!」
穂琥は強く誓う。二度とこんなことを引き起こさないと。
穂琥は薪を抱えて医務室へ走った。医務室に何とかしてたどり着いたとき、周りにいた療蔚たちが度肝を抜かれるような顔をした。あの、薪が。こんな姿になって医務室にくるなど、きっと思っても見なかったことだろう。
「お願い!治して!」
泣きながら懇願する穂琥の言葉でやっと我に帰った療蔚たちは慌てて薪をベッドに運んで治療を施し始めた。