第二十一話 ナオシ
扉にノック音。薪は立ち上がって扉を開ける。そこにはやはり少し怯えた風な役夸がいる。
「何か?」
「薪様にお会いしたいという者が門前に。格好からして一般のものと思えますが。用件を話して頂けないのでよく分からないのですが」
「ふーん。申し訳ないけどしっかりと用件を聞いてきてもらえるかな。愨夸からそう伝達だと言えば否が応でも言うことになるだろう」
「は、了承いたしました」
薪は役夸を再び門前へ行かせた。それを見送ってから薪は椅子に腰を下ろす。
「どうして会ってあげないの?」
その質問を薪にするとなんともいえないくらいつめたい目線で見られる。
「な、なによ!」
薪は深くため息をつく。それから穂琥の隣に座って肩を組んできて言う。
「穂琥ちゃんよ~」
呆れたように言う薪のその言葉に穂琥はびくっとする。こういった風に穂琥の名前を呼ぶときは決まって、呆れているときだ。
「あんさぁ。もし愨夸の調査だったらどうするよ?」
「何かダメなの?」
「・・・やっぱり記憶を戻しても馬鹿は変わらなかったか。天性か」
「な、何よ、それ!傷つく!」
「オレの調査を何ですると思う?」
少し意味深な表情で薪はそう尋ねる。しかし、穂琥にはその薪の質問の答えを見つけることが出来なかった。
「穂琥・・・・だからお前は穂琥なんだ」
「なぁによ!それ!どうゆーいみだ!」
「あのさ、愨夸の事を・・・」
「薪様!」
部屋にノックなしで入ってきた役夸に軽く目を細めてそれに反応を示す。見るからに焦っている。一体何事かと尋ねると、役夸は必死な声で言う。
「ふ、負傷者が!」
役夸がそう言った瞬間、薪の目つきがすごく変わったことに穂琥は驚いた。穂琥の腕をわしづかみにして立ち上がるとさっさと部屋を出る。その際に役夸にその場所はどこかと尋ねる。そして、その勢いに役夸は押されながら表門だと答える。薪は穂琥を引き摺るようにして表門へ足を急がせた。
着いた表門には数名の役夸が刀を構えており、一祇が倒れていた。その役夸まで駆け寄って辺りに居るほかの役夸に状況の説明を求めた。
「先ほど来た者が突然刀を振るってきまして・・・」
「そうか。わかった。とにかく治療する」
薪は傷ついた役夸を眞稀で治療する。ある程度傷を修復すると他の役夸に医務室に連れて行くように促した。そんな薪を見て、ただすごいと感心する穂琥だった。
薪は役夸にどんな者だったかを尋ねたが、役夸たちは顔の確認をすることは出来なかったという。薪はその事で考えに耽る。すると、目の前の役夸は再び焦ったように謝罪してきたことに気付いた。
「あ?あぁ、良いって。別にお前が謝ることじゃない。凄腕、かな」
「どういう、ことでしょう?」
「刀を振るった直後にも関わらずこの場に眞稀が一切残っていない」
どこかそれを褒めているように聞こえた。穂琥がそれについて尋ねると薪はすぐに否定を入れた。
「けっ。んな事ねぇよ。ただ、会ってみたいね、こんな奴」
「そんな悠長な」
「ま、オレがすげぇ切れているって相手にゃわからんだろうな」
薪はとてつもない笑顔を穂琥に向けて歩き出す。その笑顔にぞっとしたのはきっと穂琥だけではないはずだ。周りの役夸たちにこの場の収拾するように命じる。
「とりあえず心配だからオレはさっきの役夸の元へ行って来るからこの場を頼んだよ」
薪に来るように合図をされたので穂琥も駆け出そうとして裾を捕まれたことに気付き足を止める。
「ん?」
「あ、あの・・・申し訳ございません・・・」
怯えたように震えて穂琥に話しかけてきた役夸。
「し、薪様は・・・あ、あの・・・お怒り、でしょうか・・・?」
さらに小さく震えた声に穂琥の胸は酷く苦しくなった。薪が向けた先ほどの怒りは動考えてもここで刀を振るった得体の知れぬ眞匏祗に対してだ。にもかかわらずどうしてここまで役夸が怯えなければならないのだろうか。
「うん、すごく怒っているよ。でも大丈夫。貴方たちにじゃないわ。襲ってきたほうにだから。貴方たちにそんな理不尽な怒りをぶつけたりしたりしないから大丈夫よ」
一瞬、恐怖したが、自分たちに怒っていた訳ではないと知り、至極安堵した表情をした。
「薪はそういうやつじゃないよ」
安心したようにため息をついて謝礼の言葉を述べた。それに穂琥が答えると薪の怒号がなった。
「おら、何してんだ、ボケ!」
「うぅるぅさぁい!」
諸手を振り上げて薪の元へ走っていく。そして薪と共に医務室へ向かう。その際に、薪が少し不貞腐れたような顔をしながら尋ねてきた。
「役夸、なんて・・・?」
「へぇ、薪でもそういうこと気にするんだ!?」
「あ、当たり前だろう・・・?自分の部下だ。その。オレのことだろう?」
「さすが、勘が鋭どぉうございます」
「誰だってわかるさ」
やはり自分の下で働いてもらっているからには不満を少しでも解消していきたいのだろうか。それを自分で聞くことが出来ないもどかしさとその情けなさとで不貞腐れ手気味になっている薪を見て少しだけおかしくなった。
「全く。薪、あの時キレ気味だったじゃん」
「あぁ、なるほど」
「あら、分かったの」
「おう、わかった」
相変わらず鋭くて頭の回転も速い。うらやましいものだ。
医務室に着いて、容態を確認すると意外にも、役夸は目を覚ましていなかった。薪が施したにもかかわらず、意識すら戻していないなど、そんなことはあるのだろうか。
「オレだって完璧じゃないって」
穂琥の表情を読んでか薪は恥ずかしそうにそう言った。それから役夸の様子を確認して薪の表情が少し崩れた。そしてうっすらと笑いながら会ってみたいなと呟いた。
「これだけスゲーのが出来るものなんだな」
「褒めている場合じゃないでしょ!?治せるの?!」
「いや、オレじゃ無理だ」
即答する薪に穂琥を含め周りの役夸たちは絶望を覚えた。
「こいつ、かなり出来るんだって。オレの眞稀とは合わない」
薪の持つ、愨夸の眞稀。それの性質をよく理解しているためにこの意識を失っている役夸に下手に施してしまうと、逆に苦しめる可能性が出てくる。よって、薪は穂琥に向かって言う。
「お前が治してやれよ。穂琥なら出来る」
「私が!?」
「お前、療蔚だろう!?」
「そ、そうだけど!!」
「じゃぁ、ヨロシク。オレは部屋に戻っているから」
「ちょぉ!?」
穂琥の意見などまるで聞かずに薪は医務室を出て行った。仕方なく、意識を集中させて治療に入る。思いの他上手くいって役夸は目を覚ましてくれた。体調も万全ではないが、悪い具合ではないとの事で、安心して穂琥は薪が待っているであろう、部屋へ足を進めた。