第二話 お達し
それから二か月。穂琥とは最初の接触をして以来一度も接触はしていない。もともとそういったことに触れる方ではないのでいつものことと言えばいつものことだったのだが。
「なぁ、薪。穂琥ちゃんのこと好きなん?」
「オレが?」
「だよなぁ。今時、女の子に興味持たない奴なんていねぇよぉ?」
「知ったことか」
獅場がだれたように言ってきた。拒絶しているにはそれなりの理由がある。しかし、その理由を言ってよいものではない。
「じゃ、オレは帰るから」
「おう、じゃな」
すぐにでも家に帰ろうとした薪だったが、そうすることができなかった。下駄箱のところで担任に捕まった。職員室まで連行された。
「二か月な、ずっと黙ってはいたが。やはり言おう。転入生は慣れていないんだ。慣れればな、いいんだが。声をかけたのに素っ気なくするのはやめてやれ」
担任は渋るように言う。薪がどういった生徒かは担任もよく知っている。学力優秀、運動抜群。つまりよく言うデキル奴という訳だ。性格も今回の話の題材であることを除けば周りから好かれる方である。だからこそ、今転入してきた少女の手助けをしてやることができればいいというのが担任の意見だった。
担任との話に随分と時間を取った。薪は担任に申し訳ない気持ちを抱きながら帰路に着く。そうしていると、校門のところで声を掛けられた。
「あの!薪・・・君、でいいかな?」
振り向くと穂琥がいた。今までのこともあってか多少は警戒をしているように少し遠慮しているように声をかけてきた。
思い切って声をかけてみたが、やはりいつもと同じように冷たい反応。しかし、少し間を置いてから返事をくれた。
「あぁ、いいよ」
それが会話を続けていいという訳はないことくらいわかっているが穂琥はたまらず言葉を続けた。
「前から聞きたかったんですけど・・・。最初の時、どうして私の親のことなんて聞いたんでしょう?」
穂琥の質問に薪は黙った。目を逸らすようにして回答を渋っていた。どこか戸惑っているようなその態度から自分はそれなりに拒絶されていることを実感する。
「あの、女の子って苦手ですか?」
「まー、苦手というか。極力接したくないんだよね」
「拒絶、ですか?」
穂琥の返しに薪は少し深めのため息をついた。機嫌を損ねてしまったかと焦ったが薪はだるそうに眼を穂琥へ向けて小さな声で言った。
「敬語、使わないでほしいんだけど」
「・・・わかった・・・」
「親のことを聞いた理由を今は言えない。確信もないし自信もない」
「そう・・・」
薪は言葉が浮いている気がする。心ここに非ず、と言った方が正解かもしれない。
「そうだ。オレからも質問」
薪から切り返してくるとは思っていなかったので驚いた。薪は穂琥がこんな時間までいたことを尋ねてきた。確かに生徒が下校する時間はとうに過ぎていた。
「あなたと、話がしたくて。普段素っ気ないけど時々思うの」
「何を?」
「本当は何か、言いたいんじゃないかなって。 あ、ごめんなさい!私勝手に!」
穂琥は何とも言えない気分に苛まれその場から走り去ってしまった。
翌日、薪が学校に向かって歩いていると籐下が後ろから声をかけてきた。籐下とは比較的この学校でも仲がいい方だ。
「おはよ。今日は元気ないな?」
「そうか?いつも通りだよ」
籐下は少し不思議そうな顔をしながら歩いていた。
ホームルームで担任がいきなり座席表を黒板に張った。
「突然だが、席替えだ。これからはこの席でやっていくぞ」
騒がしい教室内でさっさと自分の席に移動して腰を下ろしている薪は騒々しいクラスにため息をついていた。
「あの、隣、よろしく」
あまり聞き慣れない声が耳に入ってそちらに目をやると机を移動してきた穂琥が少しおどおどした感じで立っていた。
「あぁ、はいはい。よろしく」
穂琥が隣に腰を下ろした。それから担任へ目を移して頭を抱えた。これは紛れもなく担任の意図するものだと確信したからだった。
休み時間には籐下に茶化される。
「隣にされてんのなぁ。少しは慣れろって先生からお達しだろ」
「うるせぇ」
穂琥はどこか不安そうな表情を浮かべているがそれは今はそっとしておくべきだろう。薪としてはこの少女が『該当者』であるかどうかを見極める必要がある。そしてその見極めにミスは許されない。だから極力接しないで余計な感情が入らないようにしている。
薪が求めているものが穂琥の中にあるのか。もっと詳しく調べないとわかるものではない。それでもそれを確かめる方法がいまいちわからなかった。薪の求めているものは普通なら表に出ているものであるが、今の段階では奥底で眠ってしまっている。それを目覚めさせなければ到底手の出しようがなかった。