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眞匏祗  作者: ノノギ
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第十六話 ワコウ

 地響きが聞こえてきたのは木の葉の音が止んですぐだった。薪曰くこの森の『住人』達だと言っていた。その地響きはどんどんこちらに近づいてくる。そうして現れたのは巨木だった。よく見ればほかにもかなりの数がある。一人でに歩き止ると瞬時に地面に根をもぐりこませる。地球育ちが主流だった穂琥としてはあまりの衝撃的映像に軽く失神しそうだった。

「お前たちの『家』を荒らしてしまってすまなかった」

「そなた達は何をしにこの森に足を踏み入れた」

その巨木から声がした。そしてその声は質問ではなく脅しだった。圧倒的な力で制するが如く。だが、薪はそれに怯む訳もなくその巨木と話を進める。

「調査だ。ここにいるのがあんたたちだと分かったから頼みごとをして帰るつもりだ」

「頼み、とな。無駄じゃけ、帰れ。そなたのような小さな眞匏祗如きに何が出来る。何もせずでやる。じゃて、帰るのだ」

「そうもいかんな。それにオレはあんた達に比べたらあまり生きちゃいないが、小さくはない。お前らとて愨夸くらいは筋通すだろう?」

薪の言葉を聞いて巨木はわずかに反応した。しかし、呆れたような声を発する。

「愨夸。ここに足を踏み入れたのは数年前かね」

「28年ほど前だ。その愨夸はもうこの世にはいない。それの息子がオレで、今はオレが愨夸だ」

「なんと。もう変わっていたのか。そなたらの命は短いのぅ」

どこか切なげに言う巨木の声に穂琥は身が震えるような感覚になった。永い時を刻む樹木。それが感ずる眞匏祗の命。どれ程小さいものなのだろう。

「それより。愨夸は死んだか。いや、前愨夸か。あやつは腐っておったのう」

絶大なる力を有している愨夸をこんな言い方で表現するなど、実際に考えれば言語道断だ。しかしこの巨木はそれを何の苦もなく言ってのけた。生命体自体がすでに異なるものだから支障がないのだろうか。

「あぁ、そうだな。オレもそう思うよ。さて、頼みを聞いて欲しいんだ」

「ほほほほ、そなたとは気が合いそうよのう。よかろう。愨夸の頼みとあっては聞かんわけにもいくまいよ」

巨木は言う。一応、愨夸の存在が格上であることは意識しているようだった。薪はその巨木たちの態度を見ながら頼みごとをする。

 和口わこうと言う行為。先ほどの『森の声』と呼ばれていたものもその一つ。木々が互いを知るための会話を行うものだ。今でこそ、薪と穂琥の目の前に現れているが、本来なら安住した場所から動くことはまずない。今回のように侵入者があり、それを退けるために致し方なく動く場合もあるにはあるのだが。普段はその和口という行為によってその場を動く理由をなくしている。この木々にとってはとても大事な行為だった。ただ、それを傍で受ける住民にとっては迷惑なものだった。耳を塞がんばかりの巨大な音にひどいときは鼓膜が破れそうになるときもある。

「ほう。それで止めろと?」

「そこまでは言わない。ただ、定期的に行ってもらいたい。そうすれば予防ということが出来る。それと数も出来うるなら制限させてもらいたい。せめて一日に二回で抑えて欲しいんだ。頼めるだろうか?」

慎重に尋ねた薪の言葉に、巨木たちは一斉に笑い声を立てた。怪訝な顔をした薪に少しの謝罪を入れてから巨木は言う。

「遠慮深いのう。前愨夸など、1ヶ月もするなと言ってきおったよ。いやいや。よかろう。出来うるならば朝と夕にさせてもらえるとありがたいんだがね?」

「わかった。本当に申し訳ない」

巨木はどうやら薪の思考は嫌いではないようで受け入れてくれた。

 話がまとまったので帰ろうとしたが、巨木が妙な声を上げたので足を止めると、薪の顔をよく見るように近づいてきた。

「何か?」

「そなた、あの時の子供かな?冬の日の」

「・・・あぁ、そうだ。覚えていたのか」

「無論。たいしたものよの。さぁ、立ち去るがよい。愨夸といえどここの住人たちは手を煩わせるだろうからの」

それに頷き、薪と穂琥は森を抜ける。

 話がついたことを森の外で待っていた森の番、キイナに報告をする。キイナはその報告を聞いてたいそう嬉しそうに微笑んでいた。それを見た薪の表情もどこか柔らかく、穂琥もそれが嬉しくなった。

 城に向かっている間にずいぶんと暗くなってしまった。その間に薪に尋ねたことが少し気になっていた。先ほど、「そなた、あの時の子供かな?冬の日の」とあの巨木が言っていた。それは薪がまだ子供のころで、巧伎がまだ生きていたときの話。

よく、薪は城を抜け出していた。父の行いの酷さが主な原因でそれを何とかすべく、城下町に出て修正と謝罪を施していた。なにより、城にいたくなかった。本来ならば、薪が城を抜け出して叱られるのは長夸や役夸となってしまうが、さすがの巧伎も薪を相手にこの二役がどうにかできるとは思っていないらしく、周りの者に害を被る事はなかった。

そんな折、巧伎の一打撃を受けてやっとこの逃げ入った森が森の住人たちのいる場所だった。ふらふらな状態でいたためにさ迷って帰り道を失った。そんなときにあの巨木に出会い、つれられてその森を出ることが出来たと言う。

 どれ程薪の成長過程が苦しかったのか、穂琥には想像も出来ない。それを薪は語ろうとしてくれない。欠如した記憶の一部。いつかそれを渡してくれるのを穂琥にはただ待っていることしか出来ないのがもどかしくて仕方なかった。

 部屋に戻った穂琥はふっとため息をついて椅子に座る。少し小さい机。子供の雰囲気を残したままの部屋。自分はここで成長していた。それを思うとなんとも不思議な気がした。自分のそんな部屋をあさって机の引き出しに紙が入っていることに気付いた。覚束ない文字が羅列している。

『にさいのわたし。おおきくなったわたし。しんがとてもくるしそうだよ。たすけてあげて。いまのわたしにはなにもできないけど。おおきなわたしならたすけられる?おとうさまはいつもこわいの。しんにだけこわいの。おかあさまもずっとがまんしているの。おねがいします』

文脈もひどくまとまりがない。それでも薪のことをひどく思っていることがよく伝わった。記憶がないからなんともいえない。それでもこの文からは自分の心を感じることが出来る。

 扉をたたくノック音。穂琥ははっとしていつの間にか伝っていた涙を慌ててぬぐった。

「入るぞ」

扉を開けて入ってきたのは薪。タイミングとしてどうして今入ってきたのか文句も言いたい気分になったがそこは抑えて穂琥は頷いた。薪はすたすたと中に入ってきて箪笥の上にある小さな箱を手にした。

「悪いな。この部屋を使っていなかったらここに保管していたのを忘れていた。もらっていく・・・穂琥、どうした?」

顔を上げて穂琥の顔を見て、驚いたような声を上げた。

「な、なんでもない」

きっと薪にはばれたのだろう。それでもなんでもないとこちらがさえぎれば薪はそれ以上の追求はしてこない。薪は、そのまま部屋を出ようとする。そんな薪を穂琥は呼び止める。

「待って。私、薪が愨夸紋を刻まれた後、何度も薪のところに行ったよね?」

「思い出したのか、それ。まあ、そうだよ。様子見に来ていたみたいだな」

「私なりに・・・何とかしたくて・・・きっと・・・」

穂琥の様子を見て薪は少し驚いた表情をする。それから少しだけ眼を伏せて過去を見る眼をする。

「オレだってお前の気持ちが分からなかったわけじゃないさ。ただ、当時はかなりむかついた」

「え?」

「まぁ、今だから言える事だけどさ」

薪は扉のほうを向いてこちらを見ない。

 愨夸紋を刻まれて薪はあの地下室に閉じ込められていた。その間、時折穂琥が様子を見に来ることがあった。その度に巧伎が薪に眞稀を飛ばした。穂琥の同情を買うなと激怒して。

 薪にそんな意図があるわけもないが、巧伎はただ単に薪へ眞稀を飛ばす口実を見つけているだけのことを知っている。だから穂琥が自分の下へ繰れば眞稀を当てられることくらいすぐに理解する。しかし、穂琥がそれを眼にすることがないということもあって、穂琥は何度もやってくる。懲りずに何度も。

「当時はオレだけを追い込んでいることは一目瞭然だった。でも何で自分だけなんだって思った。ま、今思えばオレの力が強大だったから、何だけどさ。悪いな、変なこと言って。おやすみ」

薪はにっこりと笑って部屋を出て行った。その薪の笑みが今までに見たことないくらい優しくそして儚かったことに穂琥の鼓動が締め付けられた。胸を押さえてその鼓動を抑える。薪の感情は表にあまり出てこない。それがあそこまで露骨に出てくるとなると、余程のことなんだと悟るしかなかった。


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