第十五話 キライ
翌日、起床時間が来ても穂琥が起きてこないため、部屋へ起こしに向かった。ベッドで寝ている穂琥は少し寝苦しそうで心配して起こそうと手を伸ばすとその手をがっと穂琥に捕まれ驚いて固まる。
「ん~・・・タマゴが来る~!」
「たま・・・ご?」
「・・・ん・・・。ん? あ、薪!おはよう♪」
「お、おはよう・・・」
呆然としている薪をよそに穂琥はん~と伸びを気持ちのいい朝だと言っている。おそらく先ほどの寝言のようなものを言った覚えはないだろう。薪はため息をついて穂琥にベッドから出て出かける準備をするように促す。
「今日は出かけるから少し忙しくなるぞ」
「了解であります!」
朝からテンション高いな、と思いながら薪は自分の部屋へ戻る。
着替えを済ませて出かける準備のできた穂琥を連れて薪は城から随分離れた広大な森へ足を運んだ。
「待ってくださーい!」
その森へ足を踏み入れようとすると男が走ってきた。息を切らせて男は薪達の目のまで留まった。不思議そうな眼で見ている薪と穂琥を見てはっとしたように自己紹介をした。
「わたしはキイナ=デルバ=ジェシカです。その森に入るのですか?」
「ジェシカねぇ~」
キイナのした質問は答えが返ってこず、代わりになにやら名前の方で考え事をしていることに首をかしげていた。キイナが再び同じ質問をしようとしたが、薪の声のほうが先だった。
「あ、思い出した、思い出した!ジェシカって『森の番』だな?」
「は、はい・・・。よく知っていますね・・・?」
薪は何かに納得したように頷きながらやっとキイナの質問に答える。この森に入ってはならないと言ったその理由を問う。
「この森は危険です。貴方がどれほど腕がたつかは知りませんが、無茶です!」
あまりにもすごい勢いで言い切るので穂琥は逆に尋ねる。どうしてそこまで言い切ることができるのか。するとキイナは過去にもたくさんの眞匏祗がこの森へ足を踏み入れたが、何もできずに帰ってきており、ましてや無傷で帰ってきたものはいなかった。以前は役夸も入ったらしいがそれですら何もできずに帰ってきた。
「オレは役夸どもとは違うから大丈夫さ」
「な、なんと言う口を!」
一般の眞匏祗が役夸や長夸のことを悪く言ったり蔑んで言ったりしてはならないのが常識だ。だからこのキイナもあせったのだろう。
「平気さ。オレの元で働いている連中だ」
薪がそういうとキイナは一瞬で顔色を変えた。
「ここ、愨夸・・・?! あぁ、よく見ればそれは藍帯ですね」
「そういうことだ。それじゃ入れてもらうぞ」
薪はさっと翻り森へ足を進める。そして穂琥もその後を追う。
「はい。ご無事を祈ります。それと、エンド様」
キイナがそ呼んだ直後、穂琥の隣から薪が消えた。薪はキイナの胸倉をつかんで脅すような目つきでいる。
「オレを『エンド』と呼ぶな!」
「もも、申し訳ありません!!」
悲痛な表情でキイナは謝る。おそらく、前愨夸の圧力の恐怖のせいだろう。殺されると思うのだ。
「薪!」
穂琥が声を張って薪の名前を呼んで、正気に戻った薪が慌ててキイナを放した。
「悪い。父親と同じ名前で呼ばれたくないんだ・・・。すまない」
「い、いえ!貴方様が謝るようなことでは・・・・!」
薪はそっと微笑んで萎縮した。それから、キイナに何を言おうとしたのかを尋ねる。するとキイナは思い出したように森の声が聞こえたらその場を動かないようにと忠告した。
「もりのこえ? ふん、わかった。忠告ありがとうな」
キイナは深く頭を下げる。それを見ながら薪と穂琥は森へ入っていく。
穂琥は薪の横顔を確認しながら二つの疑問を解決したくてもやもやしていた。他者の感情に敏感な薪はそれを察知したのか、穂琥の眼を見る。
「何?」
「あ、いや。藍帯のことがいまいち、さぁ」
「あぁ」
薪はふっと笑う。薪の腰には衣服をまとめるための帯ともう一つ、異様に長い藍色の帯をつけている。それの意味は一般と愨夸を分けるためのものだった。
「あれ、それが違いなの?でも全然みんな知らないよね?」
「あぁ~、それはあれだ。あまりこっちにいないし、それを見せ付けて己が愨夸であることを言っていないからな」
なるほどと納得している穂琥だったがまだ薪がこちらを見ているために穂琥は少しだけ目線を放してそれから隠し事を薪に対して出来る訳も無いと諦めて笑う。
「あまり答えたくないかもしれないんだけど。答えたくなければ答えなくていいんだ。どうして『エンド』ってお父様の名前で呼ばれたくないの・・・?」
薪はとにかく父、巧伎の話を嫌う。だから穂琥としてはあまりしたくない質問だった。それでもその質問をするように催促したのは薪のほうだと自分に言い聞かせる。そんな穂琥の気遣いとは裏腹に薪は軽く答えた。
「嫌いだからだ。それ以外にない。あの方は生きとし生ける者として最悪だ。やってはいけないことをし過ぎた。あんなヤ・・・いや、あの方とは一緒にされたくない」
ヤツ、と言おうとして無理やり修正したのが分かった。とにかく薪は父親を嫌っている。その理由が穂琥にはなんとなくでしか分からない。
そのまま無言で歩き続けた。大分奥まで入ってきた時、木の葉同士が擦れる音が耳に入ってくる。ただ、その音がただ単に擦れてできている音ではないことを悟る。何か特別なもっと別なものがなっているように聞こえる。
「これが『森の声』だな」
「え?」
「なるほど。こりゃ、誰も何もしないで帰ってくるわけだ」
薪は勝手に解釈して納得しているようだった。全くそれを読み取れない穂琥としては頭にハテナを浮かべて薪の顔を見ていた。
「とりあえず落ち着くまでじっとしていたほうがいいな」
薪のその指令でしばらくの間じっとしていることにした。