第十四話 ヒカク
やっとのことで部屋に戻ることのできた穂琥はふと思った疑問を薪にぶつける。
「薪は戦鎖だよね?」
「は?当たり前だろう」
「戦鎖と療蔚って両極端に分かれていてどちらか一方の技しか使えないんでしょう?」
「あぁ、そうだよ」
「どうして薪は戦鎖なのに療蔚の技がつかえるのよ?」
薪はあぁ、そのことかと少し楽しそうに笑った。
「母上の力だ」
薪にしては珍しく微笑んでいるような表情だったので穂琥はなんだかドキドキした。
愨夸である巧伎は確かに最高峰の戦鎖であることは間違いない。そしてそれと同時に、その愨夸の妻となる女性も無論、最高峰でなくてはなるまい。つまり薪と穂琥の母、紫火はその療蔚の力が果てしなく強かった。それを受け継いだ穂琥もそれなりに強い力を有している。
「はずなんだがなぁ~」
「うるさい!まだ修行不足なの!」
薪の意地悪を受け流しながら話を聞く。
そうしてそんな強い療蔚の力がもちろんのこと、薪の中にも存在している。それが表に出て来たために薪は特例として戦鎖ながらに療蔚の技を使うことができるという訳だ。ただし、いくら強い療蔚の母を持っていたからと言ってそう簡単に療蔚の技を使うことはまずできない。薪は思持として生まれているため、母体の中ですでに戦鎖としての基礎知識はほとんど見についている。故に生まれて間もなく、療蔚の基礎知識を入れることができた。それも要因の一つである。
「要するにチート能力だな」
「おう、言ってくれるな阿呆妹」
「うるさいし!」
そういった訳で薪は療蔚の技を扱うことができる。ただし、当然ではあるが、完全に扱うことはできない。あまりにも酷い怪我を治すことはできない。療蔚の力はやはり、戦鎖である薪の体を、魂石を受け入れてはくれないから。
「受け入れるって?」
「ん?技や、剣にも『意思』が存在するっていうことだよ」
技とは誰でもがすべての技を使うことができる訳では無い。もちろん、力の差も出てきてしまうが、それ以前に向き不向きが存在する。その向き不向きが技による意思で拒絶するか受諾するかと分かれるというのが薪の見解。
「なるほど。面白いこと言うねぇ」
「そうか?」
「うん。でもどうしてそんな風に分かれているの?」
「簡単な話さ。タイプが全く異なっているからだよ。鉛筆は書くもの、消しゴムは消すもの。そのどちらも互いの特徴を交換することはできないだろう?」
「あ、そうですね!」
「後はオレが戦鎖で療蔚よりも眞稀の性質が強いから無理に合わせることができるっていうだけのことだよ」
「なるほどぉ!」
納得した穂琥に小さく笑いかけてもう遅くなって暗い外を見てもう寝る様に穂琥を促した。穂琥が自分の部屋に戻って寝ることを少しだけ見送って薪はふらっと部屋を出る。
薪の足が向かったのは刻紋。薄暗い血の匂いが浸み込んでいる恐ろしい場所。薪はあの時から、次世はこんなつらい思いをせずとも愨夸としての継承ができないか考えていた。
台の傍にある棚から小さな刀を取り出す。これこそ、薪の肩に愨夸紋を刻み込んだもの、その名を禰怨。想像を絶する痛みと苦痛を与える恐怖の刀。この禰怨に認められなかった愨夸は死ぬだけ。
「こんな小さな刀で・・・」
「薪様・・・!?こんなお時間にこんなところで何を・・・?もうお休みなられたかと」
「あぁ、昔を思い出してね」
薪は小さく笑って禰怨を棚に戻して振り返る。そこにいたのはあまり見覚えのない顔だった。
「ん、新人さんかな?」
「は、申し遅れました。わたくし、ジカと申します。モルバ家の者です」
「モルバ!?モルバがオレの城に・・・?」
薪は驚きの声を上げる。それから少し青ざめる。ジカは不思議そうな顔をしていたが、即座にはっとした顔をした。
「薪様、お気になさらないでください。わたくしの家系で起きたことは前愨夸がおやりになられたことです。今の愨夸であるあなた様とは何ともございません。薪様は素晴らしい方です。なのであなたの御側で働きたくてここで」
ジカの言葉に薪は胸がぐっと締め付けられるような感覚になった。それからジカに対して感謝の気持ちで満ちる。
「そうか。嬉しいよ、ありがとう」
「い、いえ!そんなとんでもございません!」
ジカは手を振る。薪はそんなジカへ挨拶をして部屋を出る。ジカも丁寧に深々と頭を下げて挨拶を返す。もう少し。あともう少し愨夸とそのほかの眞匏祗との距離が縮まればいいのにと願う薪だった。
ジガの家系、モルバとは昔、前愨夸、巧伎がとある理由で斬殺した因縁がある。薪はそれを必死で止めるべく走っていたが間に合わなかった。モルバ家のほとんどが息絶え、それに激しく心が泣いたのを今でも覚えている。愨夸を恨んでも仕方のない家系の者が愨夸のもとで働いている。前愨夸と今の愨夸、自分との違いを把握し、理解してそれを受け止めてくれているのだと思うと、薪は嬉しくて心にできた大きな傷が少し和らぐような気がした。