第十三話 ヌスミ
やっとのことで薪の出した課題を習得し終え、休憩の時間を設けてもらった。そうして休息していると役夸が部屋に飛び込んできた。
「し、薪様!侵入者が・・・!」
慌てふためいたその様子を見て薪はため息をついた。
「何もそこまで慌てなくても。おい、穂琥。修行の成果見せてみろ」
「い、いきなり!?今習得したばかりだよ?!」
「うるせー。修得したものは即座に使えなくちゃ意味がねぇんだよ」
穂琥は薪ほど飲み込みが早いわけじゃないと文句を言っていたがそれすらも強引に押し切り、とにかくやれと命じた。
穂琥は意識を集中させて眞稀を練り上げる。そしてその侵入者の気配、つまりその者の持つ眞稀を探した。よほどレベルが高くない限り絶対に眞稀は体外に漏れる。完全に眞稀を消すことができるのは穂琥が知る限りでは薪のみ。薪はほかにもいると言っていたが。
「・・・わからない・・・」
「これだけ時間かけてそれかよ」
「仕方ないでしょ!それに時間かけてって言うけどね!まだ数十秒しか経ってないんだから!」
「はいはい。キミ、西調の前を移動中だ。今行けば間に合う」
「はっ!了承いたしました!」
役夸は薪の言葉を聞くと同時に部屋を飛び出していった。穂琥はさっすが薪、と感激している。それに呆れてため息をつきながらも薪は侵入者に会いに行くと言って部屋を出る。それを聞いて穂琥は薪の強さを痛感する。普通、侵入者だったら捕まえに行く、とかになるだろうに、薪は会いに行くという。単なる力の強さだけではない、心も強い証拠だろう。
薪の後について侵入者がいるであろう場所へ移動する。薪的にはきっとそんなに速いスピードではないのだろうけれど穂琥にとってはかなりの速さでついていくのに結構大変な思いをした。
薪と穂琥がその場に着いた頃にはすでに侵入者らしき男が捕まっていた。そしてその手前に腕を抑えた役夸がいた。
「どうした?」
「いえ、少し奴の攻撃を受けてしまっただけで・・・大したことはありま・・あ・・・」
薪は役夸の言葉を無視して役夸の腕の怪我を治す。
「無茶は禁物だ。怪我はすぐに治さないと」
「申し訳ありません」
役夸は頭を軽く下げる。そして薪は侵入者へ向き直る。
「さて。お前は諜者か?それともただの迷子か?」
薪の言葉に侵入者は嘲笑うように鼻を鳴らした。
「愨夸も、落ちぶれたもんだな!」
ただその声のトーンはどこか震えていた。その理由は天下の愨夸を前にしているからだろう。そう考えるとおそらくこの嘲笑も半ば開き直りと言ったところだろう。
「薪様に対しなんという口のきき方を!」
「構わないよ」
役夸が男に怒りの声を上げたが薪はそれを宥める様に手を上げて言った。
「侵入してきた俺を迷子扱いか?!前愨夸はそんなに甘くはなかったがね!?」
穂琥はその言葉を聞いて即座に薪の顔色を確認した。父親のこととなると薪の怒りレベルは跳ね上がると言っても過言ではない。
「そうか。それじゃぁオレが相当怒っているってわかっていないっていうことかな?」
果てしなく恐ろしい笑顔で薪が言う。その笑顔が穂琥にとっては死ぬほど怖い。いや、おそらく穂琥だけではなくこの場にいる、侵入してきた男を含めて恐怖を覚えたのだろう。
「貴様、何しに入ってきた?」
先ほどまでとは打って変わったその口調に男は恐怖一色で埋め尽くされていた。これが愨夸だということをどうやら悟ったようだった。
「まぁ、いい。名前は?」
「・・・アム」
言葉少なくアムは答えた。目が泳いで挙動不審になっている。穂琥はそれを哀れに思ってみていた。絶大なる愨夸を目の前にしてきっとどうしたらよいのか悩んでいるのだろう。
「それで?お前何しにここへ入ってきた?」
「ふん。もう用済みだ!」
アムは物凄い勢いで走り出した。穂琥はそれを見て呆然とした。無論、役夸たちも硬直していた。
「ははは!これさえあればこの世のすべての『悪』を手に入れることができる!」
アムの手にはなんだか奇妙な形をしたブレスレットのようなものが握られていた。アムの勝ち誇った表情を見て穂琥は先ほどの挙動不審は決して愨夸を、いや、薪を前におびえていたわけではなく、逃げる道を探していたのだと知った。そしてそれに気づけずにこのまま逃がしてしまうことを悔いた。隣にいる薪にどうしたものか相談しようと横を向く。
「・・・・あれ?」
すでにそこに薪はいなかった。
全く以て呆れる。愨夸が変わってこの世界も少しずつだが変わってきている。それをどこか勘違いしている阿呆どもが出てきた。現にこのアムという男も同じように、ただの阿呆だ。愨夸からの締め付けがなくなったからと言って前愨夸と比べて力が劣っているかといった、それは全く別の問題だ。にもかかわらず、最近のこういった馬鹿げた行為をする連中というのは、どうしてか愨夸が弱体化したと考えがちだ。そうやって己の首を絞めることになるというのに。
「ぐ・・・あ・・・」
走っていたはずのアムは気づいたら腹這いになり、その背には愨夸が乗り押さえつけられる状態になっていた。全く体が動かない。完全に固定されてしまっていて足掻くための力すら入らない。
「あのなぁ。オレは愨夸なの。城も守れなくちゃ意味ないだろう?だから強くなくちゃいけないの。それにお前ごときがそれを使ったところで如何こう出来るものでもないさ」
アムは諦めたように体の力を抜いた。それを確認して薪は役夸にアムを預けアムから離れた。
「さて、そいつはどうしようかねぇ」
考えるそぶりを見せて薪はアムを見る。それから思いついたように言う。
「よし。じゃぁ城の中に一週間いてもらおうか」
「・・・何をやるの?」
「まぁ、いつかわかるよ」
薪は回答をはぐらかした。比較的薪は説明するよりも見せることができるのなら見せるタイプだ。一見百聞にしかず、と言ったところだろうか。牢のようなところに一週間程度入れておくだけでいいのか少し心配な気もする。先ほど薪が取り上げたのはどうやら悪いものを吸収してくれる助具らしい。そして定期的にその溜まった悪しきものを浄化するらしいが、そのマックスにたまった状態でアムは盗み出し、その悪しき力を逆に利用しようとしていたようだった。とはいっても、先ほど薪が述べたように、アム程度の力ではそれにかかっている『鍵』を開けることができないので使用することはできないのだが、その発想の危険性が在るため、何とか手を打つべきだと薪は考えていたようだ。