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クスクスの虫

その虫はぶよぶよして、小さくて、そしてぶつぶつしていた。


芋虫のちょっと大きなぐらいの大きさで、ピンク色の物体で、なんだかちんちんみたいだ。それで全体が粒だっていて、短くていやらしい毛があちこちに生えていて、見ているみんなをムカムカさせた。


何が嫌だって、そいつがいつでもクスクスしてたってことだ。身動きするたびに、なんだか人の笑い声みたいな、馬鹿にしたような、クスクス笑いを鳴らすのだ。


「まァた、クスクスしてんだ!」


五郎はバタバタと部屋の中で動きながら言った。ちょうど冷蔵庫に入っているアイスを食べようとしたんだった。五郎はちょっと馬鹿みたいに太っていたから、なんだか笑われたような気がしたのだ。


五郎はいつも自分の体型を気にしていて、


「おっかァ!おらァ、太ってねーだな?」なんてよく聞いたものだった。それに対しておっかァは、


「太ってなんかねーだ。それに、太ってたっていいでねーか」と答えた。


「それみろ、おらァ、太ってなんかいねーだ、それに、太ってたっていいでねーか!」と、誰に言うでもなく言った。


そんな風にいつも体型を気にしていた五郎だったから、アイスを取ろうとしたところをクスクスされたのはやりきれなかった。


「おっかァ!まただ、また笑われただ!」と五郎は言った。


目の見えない彼の母は、


「そんなことねェ、おめえの気のせいだ。心配するこたァねェよ。おめえは太っちゃいねえ」


と、もう何年も彼の体型を見ていないのに、なにもかも見えているかのように答えた。いつもそんな風に答えるものだから、五郎は時々、おっかァが本当は目が見えているんじゃないかと思ったぐらいだった。


「太っちゃいねえけどよ、だけど、こいつのクスクスにはおらァ、耐えられねえだ!」


「殺しちゃだめ!」


とおっかァが言う。


「殺しはいけねェ!」


「なんでだ?」と五郎が言った。


「なんで殺しちゃいけねェ?おらァ、耐え切れねえだよ。いつもいつも、何をやっててもこいつがクスクス笑ってると思うとよ。そうすると耐え切れねえだよ。おらがちっと動く、するとこいつがクスクスする。少し走る。するとクスクス。おらが良いことしても、悪いことしても、人を助けても、誰かを殺しても、いつもこいつがクスクスするだ。こいつの笑い声を聞くと、俺はなんだか身をよじりたくなるだ。身をよじって、なんだか恥ずかしく思うだ。おらはとんでもねえ、恥ずかしい男なんだあって気がして、それで、辛いんだ。なァ、おら、もう耐えられねえだよ。こいつにいっつも笑われてると思うと、恥ずかしくて仕方ねーでよ」


「殺しちゃだめ!」と母が言う。


「殺しちゃだめだァ!」


ーー可哀想に、と五郎は思う。可哀想なおっかァは、目が見えねえもんだから、もしかしたらこの虫のことも人間のように思ってんだ。こいつは影でクスクスしてるだけの汚ねェ虫なんだがなあ。可哀想に、目の見えねェおっかァにはそれがわかんねんだ。可哀想なおっかァだ。



「殺さねえ、殺さねえけどもよ」と五郎が言う。


「おらァ、こいつが端っこでクスクスして、何もしていないくせに、なんだか俺より立派なんだっていうようなツラァしてんのが気にいンねえンだ。こいつのクスクスを聞くと、おらがこのクスクスよりもよっぽど惨めな、まぬけな人間に思えるでよ。なんにもしてねえ、こいつの方が立派に思えてくるでよ。ただ、それが気に入んねェ。それが気に入んねェ。それだけのことなんだァ」


「殺しちゃいけねェ」とおっかァが言った。


「殺すもんじゃねェ」


ーー可哀想に。と五郎は思う。


湿ったじめっぽい部屋のはじっこで、クスクスの虫は、相変わらずだった。クスクスしていたのだった。五郎はそれをやりきれない想いで眺めているのだった。



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