6 決められた婚約
ラウラが帰ったあと。
庭園にはまだ、ざわめきが残っていた。
神獣に選ばれた少女。
そんな話は、そう簡単に収まるものではない。
ハーヴェル公爵は、楽しそうにワインを揺らしていた。
「いやあ、面白いものを見た」
隣では、神官が静かに頷いている。
「間違いありません」
「神獣の加護でした」
周囲の貴族たちも、まだ信じられない顔をしていた。
「リンドグレイ伯爵家の娘でしたな」
「まさかあの家から……」
「神獣が選ぶとは」
その中で。
一人だけ、面白くなさそうな顔をしている少年がいた。
セドリックだ。
腕を組み、完全に不機嫌な顔をしている。
公爵がちらりと息子を見る。
「何をそんな顔をしている」
セドリックは即答した。
「勝手に決めるな」
周囲の貴族が少し笑う。
公爵は肩をすくめた。
「決めたわけじゃない」
「提案しただけだ」
「同じだ」
セドリックは睨む。
「あんな奴」
言いかけて、言葉を飲み込む。
父の視線が面白そうに細くなる。
「ほう?」
セドリックはそっぽを向いた。
「気に入らない」
ぼそりと言う。
その横で、エリオットがくすっと笑った。
「僕はいいと思うけどな」
セドリックが睨む。
「お前は黙ってろ」
エリオットは肩をすくめる。
「だって綺麗だったし」
沈黙。
セドリックのこめかみがぴくりと動く。
公爵はそれを見逃さなかった。
楽しそうに笑う。
「なるほど」
「それならなおさら悪くない」
セドリックは父を睨みつけた。
「話を勝手に進めるな」
公爵は軽くグラスを揺らす。
「だが、神獣の加護だ」
「王都でもそうそう現れるものではない」
神官も静かに頷く。
「ええ」
「王家でも歓迎されるでしょう」
セドリックは舌打ちした。
完全に面倒な話になっている。
そのとき。
ふいに、足元に影が落ちた。
銀色の毛並み。
シーフだった。
いつの間にか来ている。
セドリックは眉をひそめた。
「……なんだ」
シーフは座る。
そして。
庭園の出口——
ラウラが帰った方向を見た。
そのまま、動かない。
セドリックは顔をしかめた。
「もういない」
そう言っても、シーフは視線を動かさない。
まるで。
まだそこにいるかのように。
その様子を見て、エリオットが小さく笑った。
「シーフ、気に入ったんだね」
セドリックは不機嫌そうに言った。
「ただの気まぐれだ」
エリオットは答えない。
ただ、静かにシーフを見る。
そして思った。
(面白くなりそうだな)
その頃。
屋敷を出た馬車の中で。
ラウラは父に聞いていた。
「ねえ、お父様」
「さっきの狼、すごく可愛かった」
伯爵は少し驚いた顔をする。
「怖くなかったのか?」
「ううん」
ラウラは笑った。
「すごく優しかった」
そして少し考える。
「でも」
首をかしげる。
「どうして、あんなにみんな驚いてたの?」
伯爵は一瞬だけ言葉に詰まった。
だが、すぐに微笑む。
「神獣だからだ」
「珍しいんだよ」
ラウラは「ふうん」と頷いた。
それ以上は深く考えない。
馬車はゆっくり王都の道を進んでいく。
その頃、庭園では。
ハーヴェル公爵が静かに言っていた。
「リンドグレイ伯爵に話をしてみよう」
神官が頷く。
貴族たちが顔を見合わせる。
そして。
セドリックは盛大に顔をしかめた。
こうして。
ラウラの知らないところで。
一つの婚約話が、ゆっくりと動き始めていた




