5 神獣の証
茶会は、まだざわめきが収まらなかった。
神獣シーフが少女に懐いた。
その話は、庭園のあちこちで囁かれている。
当のラウラはというと——
「……そろそろ帰らないと」
少し困った顔をしていた。
父は向こうで大人たちと話している。
挨拶をして帰る時間だ。
ラウラはシーフを見た。
「じゃあね」
そう言って立ち上がる。
だが。
シーフも立ち上がった。
ラウラが歩く。
シーフも歩く。
止まる。
シーフも止まる。
「……え?」
ラウラは振り向いた。
銀色の狼は、当然のように隣にいる。
「どうしたの?」
しゃがんで聞く。
シーフは答えない。
ただ、尻尾をゆっくり振るだけだ。
ラウラがもう一度歩き出す。
シーフもついてくる。
その様子を見て、周囲がざわめいた。
「……ついていっている」
「まさか」
「神獣が?」
驚きの声が次々に上がる。
ラウラは困ったように笑った。
「えっと……」
「帰らないの?」
シーフは座った。
どう見ても——帰る気がない。
そのときだった。
庭園の入口から、白い衣を着た男が歩いてきた。
神官だった。
公爵が手を上げる。
「すまない、少し見てくれ」
神官は静かに頷く。
そして、ラウラの前に立った。
「失礼します」
そう言って、ラウラの手をそっと取る。
ラウラはきょとんとした。
だがその時。
「ラウラ」
遠くから父の声がした。
「こちらへ来なさい」
ラウラは振り向く。
「はい!」
神官の手から自分の手を離し、小走りで向かう。
その背を、シーフがじっと見ていた。
ラウラは父に呼ばれ、大人たちの輪の外へ連れて行かれた。
「挨拶をして帰るぞ」
「はい」
ラウラは素直に頷く。
そのまま、庭園の少し離れた場所へ。
——その間に。
神官はゆっくりと手を見下ろした。
そして、小さく息を呑む。
公爵が気づく。
「どうした」
神官は静かに言った。
「……刻まれていました」
周囲が静まり返る。
「神獣の加護が」
どよめきが広がる。
「神獣の……」
「加護だと?」
神官は続けた。
「神獣に認められた者の証」
「つまり——」
「神獣に選ばれた者です」
空気が変わった。
貴族たちの視線が一斉に集まる。
そのとき。
ハーヴェル公爵が、ふっと笑った。
とても楽しそうな顔だった。
「なるほど」
腕を組む。
「これは面白い」
そして、隣に立つ息子を見る。
さらりと言った。
「うちの息子の嫁にどうだろう」
一瞬、沈黙。
セドリック
「は???」
エリオット
(面白そう)
セドリックは父を睨む。
「何言ってるんだ」
公爵は肩をすくめた。
「神獣に選ばれた令嬢だ」
「ハーヴェル家と縁があっても不思議じゃない」
セドリックは言葉を失う。
遠くでは。
ラウラが父と一緒に帰る支度をしていた。
もちろん。
何も知らない。
自分が神獣に選ばれたことも。
そして今。
自分の知らない場所で。
婚約の種が蒔かれたことも。
その頃。
庭園の端で。
シーフは静かに座っていた。
ただ一度だけ。
ラウラの去っていった方向を見つめていた。
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