4 いじめっ子のはじまり
庭園のざわめきは、しばらく収まらなかった。
「神獣が懐いた」
その話は、あっという間に茶会の客たちに広がった。
ラウラはよく分からないまま、大人たちに囲まれていた。
「名前は?」
「リンドグレイ伯爵家のお嬢さんか」
「シーフがあんなに喜ぶとは……」
ラウラは戸惑いながらも、小さく答えていた。
その足元では、シーフが当然のように座っている。
まるで「ここが自分の場所だ」と言わんばかりに。
「すごいね」
隣でエリオットが感心した声を出した。
「シーフがあんなに嬉しそうなの、初めて見た」
ラウラはきょとんとする。
「そうなの?」
「うん」
エリオットはしゃがみ、シーフを見た。
「僕たちでも、あまり触らせてもらえないんだ」
シーフはちらりとエリオットを見る。
そして。
ふい、と顔を背けた。
ラウラは思わず笑ってしまう。
「怒ってる?」
「いや、たぶん拗ねてる」
エリオットも苦笑した。
「今日は君に夢中みたいだね」
ラウラは少し困った顔になる。
「でも、どうしてだろう」
「私、何もしてないのに」
そのとき。
後ろから、冷たい声が落ちた。
「当たり前だろ」
振り向く。
セドリックだった。
腕を組んで立っている。
明らかに機嫌が悪い。
エリオットが軽く手を振った。
「セドリック」
だがセドリックは答えない。
視線はずっとラウラだ。
ラウラもむっとした顔で見返す。
さっき言われた言葉を忘れていない。
「……なによ」
思わず口に出る。
セドリックの眉が動いた。
「別に」
そっけなく言う。
そして、シーフを見る。
「おい」
呼ぶ。
シーフは耳を動かした。
だが。
動かない。
ラウラの隣に座ったままだ。
セドリックのこめかみがぴくりとした。
「……シーフ」
もう一度呼ぶ。
それでも。
シーフは動かない。
それどころか。
ラウラの腕に頭をこすりつけた。
「わっ」
ラウラは驚いて笑う。
「どうしたの?」
その様子を見て、エリオットが笑った。
「完全に気に入られてるね」
その言葉で、セドリックの顔がさらに険しくなる。
ラウラは気づかない。
シーフの頭を撫でながら言った。
「いい子ね」
「ねえ、セドリック」
エリオットが少し困った顔で言う。
「怒ってもしょうがないよ」
「シーフが決めたことだし」
セドリックはエリオットを睨む。
「別に怒ってない」
「そう?」
エリオットは笑う。
「顔に出てるけど」
セドリックは舌打ちした。
そしてラウラを見る。
綺麗な顔。
大きな瞳。
楽しそうに笑っている。
しかも。
シーフはその隣。
当然のように。
胸の奥がまたざわつく。
イライラする。
理由が分からない。
気づけば口が動いていた。
「……おい」
ラウラが顔を上げる。
「なに?」
セドリックは言った。
「お前、シーフに触るな」
ラウラは目を丸くする。
「どうして?」
「俺のだからだ」
一瞬、沈黙が落ちた。
そして。
ラウラの眉がぴくりと上がる。
「シーフは物じゃない」
きっぱり言った。
エリオットが慌てる。
「ちょっと二人とも——」
だが、もう遅い。
ラウラはむっとしている。
セドリックも睨んでいる。
シーフだけが、のんびり尻尾を振っていた。
それが、さらにセドリックを苛立たせた。
「……やっぱり気に入らない」
ぼそりと言う。
ラウラが言い返す。
「私も嫌い」
二人は睨み合った。
エリオットは小さくため息をつく。
(ああ)
(これは大変そうだ)
この日。
ハーヴェル家の庭園で。
小さな喧嘩が生まれた。
そしてそれは。
後に、王都でも有名になる
「ハーヴェル公爵家の三男坊」と
「神獣に選ばれた令嬢」の
長い長い関係の、はじまりだった




