3 神獣が選んだ少女(セドリック視点)
ハーヴェル公爵家の庭園で開かれた、子供たちの茶会。
セドリックは正直、退屈していた。
同年代の貴族の子供たちが集められているが、誰と話しても同じだ。
家柄の話。
親の機嫌。
つまらない社交辞令。
セドリックは小さく息を吐いた。
ふと、庭の奥を見る。
そこに見慣れた影があった。
銀色の毛並み。
黄金の瞳。
神獣——シーフ。
「……また抜け出したのか」
セドリックは眉をひそめる。
シーフはハーヴェル家に仕える神獣だ。
賢く、強く、誇り高い。
そして——
人に懐かない。
公爵家の者ですら、触れられるのはごくわずかだ。
セドリックでさえ、機嫌がいい時しか近づかせてもらえない。
そんなシーフが、庭の奥にいる。
誰かに見つかったら面倒だ。
セドリックはそちらへ歩き出した。
そのときだった。
シーフの前に、誰かがいる。
小さな少女だった。
しゃがみこんでいる。
そして。
手を伸ばした。
セドリックの心臓が止まりかけた。
(おい、やめろ)
シーフは、気に入らない相手には容赦しない。
噛まれるかもしれない。
慌てて声をかけようとした。
その瞬間。
少女の指先が、シーフの毛並みに触れた。
——何も起きない。
それどころか。
シーフは。
嬉しそうに尻尾を振った。
「……は?」
思わず声が漏れた。
信じられない光景だった。
少女は笑う。
「わあ……かわいい」
頭を撫でる。
シーフは満足そうに目を細めている。
まるで昔から知っている相手のように。
(なんでだ)
理解できない。
シーフは誰にも懐かない。
それなのに。
どうして、この少女には。
そのとき。
庭の入口から、別の少年が近づいてきた。
幼馴染のエリオットだ。
栗色の髪の、穏やかな顔立ちの少年だった。
「大丈夫?」
少女に声をかける。
「その子、大きいけど怖くない?」
少女は笑って首を振った。
「ううん。すごくいい子なの」
エリオットは少し驚いた顔をしたあと、優しく笑った。
「君、すごいね」
そして、自然に言った。
「……それに、とても綺麗だ」
セドリックの眉がぴくりと動いた。
——誰にでもそんなことを言うのか。
少女——ラウラは、驚いたように瞬きをしている。
「え……?」
エリオットは少し照れながら続けた。
「だって、本当に綺麗だから」
胸の奥が、妙にざわつく。
そのとき、ラウラが振り向いた。
セドリックと目が合う。
一瞬。
言葉を失った。
綺麗だった。
春の光みたいな柔らかな顔立ち。
大きな瞳。
笑うと、花が咲いたみたいに見える。
(……なんだ)
セドリックは視線を逸らした。
落ち着かない。
しかも。
シーフはまだラウラの隣に座っている。
完全に懐いている。
エリオットもラウラの隣に立っている。
妙に近い。
それが、やけに気に入らない。
そのとき、大人たちがざわめきながら集まってきた。
父もいる。
父は楽しそうに笑っていた。
「ほう……この子がシーフに気に入られたのか」
そしてセドリックの肩に手を置く。
「はじめまして、お嬢さん」
「この子は私の息子のセドリックだ」
ラウラがこちらを見る。
また目が合う。
綺麗すぎて、直視できない。
しかもシーフはまだラウラの隣。
エリオットもいる。
胸の奥がぐちゃぐちゃになる。
イライラする。
落ち着かない。
わけがわからない。
口が勝手に動いた。
「……ぶ……」
言葉が詰まる。
顔が熱い。
セドリックは視線を逸らし、吐き捨てた。
「……不細工」
ぼそりと呟く。
「そんな奴、認めない」
言ってから思う。
(何言ってるんだ俺は)
ラウラはむっとした顔をしている。
エリオットは驚いている。
父は面白そうに笑っていた。
シーフはまだラウラの隣にいる。
その光景を見て、セドリックは心の中で悪態をついた。
(……最悪だ)
この日。
ハーヴェル家の神獣は、
ただ一人の少女を選んだ。
そしてセドリックもまた。
まだ自覚もないまま、
その少女から、目を離せなくなっていた。




