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2 はじまりの頃



「……頭が痛い」


セドリックがそう呟いたとき。


ラウラの胸の奥で、何かが小さく揺れた。


どうしてそんな顔をするのだろう。


婚約を解消したいのは、きっとセドリックの方のはずなのに。


ずっと、そう思っていた。


だって——


初めて会った時から、彼はずっと不機嫌だったから。


ラウラは静かに目を伏せる。


思い出す。


あの日のことを。


まだラウラが10歳だった頃。


ハーヴェル公爵家の庭園では、その日、小さな茶会が開かれていた。


春の花が咲き、白いテーブルには焼き菓子と紅茶が並ぶ。


集まっているのは、王都の貴族の子供たちだ。


笑い声。


お菓子の香り。


けれどラウラ・リンドグレイは、その輪の中にうまく入れずにいた。


(……どうしよう)


同年代の令嬢たちは、楽しそうにおしゃべりしている。


けれどラウラは、どう声をかければいいのかわからない。


伯爵家とはいえ、リンドグレイ家はそれほど目立つ家ではない。


自然と足が庭の奥へ向いた。


「少し歩こう」


花壇の間の小道を進む。


人の声が遠くなる。


そのときだった。


草の向こうで、銀色の影が動いた。


大きな狼だった。


月の光のような毛並み。


黄金の瞳。


普通なら怖いと思うはずなのに。


ラウラは不思議と、そう感じなかった。


「こんにちは」


しゃがんで声をかける。


狼はゆっくり近づいてきた。


唸りもしない。


ただ、じっとラウラを見ている。


ラウラはそっと手を伸ばした。


指先が毛並みに触れる。


その瞬間。


狼は嬉しそうに尻尾を振った。


「わあ……かわいい」


思わず笑みがこぼれる。


「いい子、いい子」


頭を撫でると、狼は満足そうに目を細めた。


そのときだった。


背後から声が上がる。


「……神獣だ」


「神獣が人に……?」


「誰だ、あの子は」


ラウラは振り向いた。


庭園の入口に、多くの大人たちが立っている。


皆、信じられないものを見るような顔でこちらを見ていた。


(え……?)


戸惑っていると、低い声が聞こえた。


「何してる」


振り向く。


そこにいたのは、一人の少年だった。


黒の髪。


青い瞳。


整った顔立ち。


同じ子供のはずなのに、どこか近寄りがたい雰囲気を持っている。


少年は狼とラウラを見て、眉をひそめた。


そして短く言う。


「……そいつに近づくな」


その直後、大人たちが慌ててやってくる。


「ラウラ!」


父だった。


そしてもう一人の男が笑った。


ハーヴェル公爵だ。


「ほう……この子がシーフに気に入られたのか」


公爵は少年の肩に手を置いた。


「はじめまして、お嬢さんこの子は私の息子のセドリックだ。」


少年——セドリックは、もう一度ラウラを見た。


上から下まで。


睨みつけるように。


そして。


「……ぶ……」


少し言葉に詰まってから、ぼそりと吐き捨てる。


「……不細工」


眉をひそめたまま続けた。


「そんな奴、認めない」


興味なさそうに視線を逸らす。


胸の奥がむっとする。


(なに、この人)


ラウラはスカートをぎゅっと握った。


(この人、嫌い)


それが。


ラウラとセドリックの、最初の出会いだった。


そしてこの日。


ハーヴェル家の神獣が、

ただ一人の少女を選んだ。


——ラウラは、まだ知らない。


その意味を知るのは、

もう少し後のことになる。

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