11 神獣の散歩
庭園の騒ぎは、ようやく落ち着き始めていた。
とはいえ、ラウラの頭の中は、まだぐるぐるしている。
(婚約って何!?)
(なんでそんな話になるの!?)
ラウラは伯爵の袖を引いた。
「お父様。帰りたいです」
伯爵は少し困ったように笑った。
「そうだな。ラウラ、お前は先に帰りなさい」
ラウラは驚いて顔を上げる。
「え?」
伯爵は公爵の方を見た。
「私は公爵閣下と少し話がありますので」
ハーヴェル公爵は、いかにも楽しそうに頷く。
「ええ、ぜひ。ゆっくり話しましょう」
ラウラは少し不安になった。
「一人でですか?」
伯爵は優しく言った。
「大丈夫だ。馬車もあるし、使用人もいる」
ラウラはしぶしぶ頷く。
「……わかりました」
ぺこりと頭を下げて、庭園の出口へ歩き出す。
そのときだった。
隣で、銀色の影がすっと立ち上がる。
シーフだ。
ラウラが一歩進めば、シーフもついてくる。
足を止めれば、ぴたりと隣で止まった。
「……?」
ラウラは振り向いた。
シーフが見上げている。
黄金の瞳がきらきらと輝いていた。
ラウラは首をかしげる。
「どうしたの?」
もう一歩歩く。
シーフもまた、当然のようについてくる。
エリオットが吹き出した。
「ついていってる」
セドリックの眉がひそまる。
「……おい」
ラウラは困った顔になった。
「え、だめだよ? おうちここでしょ?」
けれどシーフは動かない。
ぴったり隣に座り込み、完全についていく気だった。
周囲がざわめき始める。
「神獣が……」
「外へ……?」
使用人たちも、神官たちも、そろって困った顔をしていた。
公爵は腕を組み、ふっと笑う。
「相当好かれてるな」
ラウラは慌てた。
「で、でも! 連れて帰れません!」
伯爵も苦笑する。
「それはそうだ」
そのとき、公爵がセドリックを見た。
「セドリック」
ラウラは嫌な予感がした。
「なんです」
公爵はさらりと言う。
「送っていけ」
セドリックは眉を寄せた。
「は?」
ラウラも目を丸くする。
「え?」
公爵は当然のように続けた。
「シーフがついていくなら、お前も行け。途中で帰らせればいい」
セドリックは顔をしかめる。
「なんで俺が」
「お前の神獣だからだ」
即答だった。
セドリックは言葉に詰まる。
エリオットがにやにやしている。
「いいじゃない。散歩だよ」
セドリックは鋭く睨んだ。
「黙れ」
ラウラは慌てて手を振る。
「だ、大丈夫です! 一人で帰れます!」
その瞬間、シーフがラウラの足元にぴったり寄った。
完全に離れる気がない。
沈黙が落ちる。
公爵が言った。
「無理そうだな」
伯爵も苦笑した。
「……無理そうですね」
ラウラは頭を抱えたくなった。
(なんで!?)
セドリックは大きくため息をつく。
そして、ぶっきらぼうに言った。
「……わかった」
ラウラを見る。
「送る」
ラウラはむっとした。
「別に頼んでません」
セドリックも即答する。
「俺も頼まれてない」
エリオットが声を立てて笑った。
「仲良く行ってらっしゃい」
二人は同時に言う。
「仲良くない!」
その横で、シーフは楽しそうに尻尾を振っていた。
こうしてラウラは、不機嫌な公爵家の息子と巨大な神獣に囲まれて、帰ることになった。
そしてこの帰り道が、二人の関係を少しだけ変えることになる。
まだ、誰も知らないままに。




