第4話 初期装備と安全講習
第1章 死と転生。
白い空間に、わずかな変化が生じた。
何もなかったはずの場所に、境界が生まれる。床とも壁とも言えないが、足元と周囲の区別がつく程度には、空間が整理されていた。輪郭は依然として曖昧だが、先ほどまでの無限感は薄れている。
「次は、初期装備と安全に関する説明です」
女神エリスは、事務的な口調で告げた。
その言い方は、スキル選択や呼称の説明と変わらない。重要な工程であることは分かるが、特別視はされていない。あくまで、必要だから行う処理だ。
エリスが軽く指を動かすと、空間の一部に物が現れた。
衣服だった。
厚手の布で作られた、簡素な服。装飾はなく、色も落ち着いている。派手さはないが、動きやすそうではある。次いで、靴と、簡単な腰袋が並ぶ。
「これが、基本装備です」
説明は短い。
「防御性能は最低限ですが、日常行動には支障ありません」
手に取ってみると、重さは感じられる。だが、現実の衣服と比べると、どこか均一で、個体差がないような印象を受けた。量産品というより、規格品に近い。
「武器は含まれていません」
それも、あっさりとした言い方だった。
「必要になれば、現地で入手してください」
理由は語られない。なぜ武器が支給されないのか、なぜこの服なのか。そうした疑問に答える気配はなかった。
続いて、空間に文字が浮かぶ。
魔法、魔物、冒険者。
見慣れない単語だが、意味は想像がつく。エリスは、それぞれについて簡潔に説明を加えていく。
「魔法は、この世界における一般的な技術体系の一つです」
技術、という言い回しが少し引っかかる。
「魔物は、生態系の一部として存在します。危険度には個体差があります」
生態系、という表現も、どこか理屈寄りだ。
「冒険者は、それらに対処するための職能集団です」
説明は淡々としており、感情的な評価は含まれていない。魔法は神秘でも奇跡でもなく、魔物は悪ではない。冒険者も英雄ではない。
すべてが、分類と機能として語られている。
「安全に関する注意事項です」
エリスは、さらに続ける。
・単独行動は避けること
・未確認の魔法を不用意に使用しないこと
・魔物との接触は、可能な限り回避すること
どれも、当たり前の内容だった。現代社会の安全講習と大差ない。交通ルールや災害マニュアルを思い出す。
「詳細は、現地で確認してください」
そう言って、説明は打ち切られた。
「この段階で、すべてを理解する必要はありません」
理解できない、という前提が最初から置かれている。その割り切り方が、妙に現実的だった。
世界は、中世風だと理解している。服装、魔法、冒険者という単語。だが、そのどれもが、物語で見知った“中世ファンタジー”とは微妙にずれている。
宗教的な匂いが薄い。身分制度の話も出ない。善悪の軸も提示されない。
――舞台装置だけが先に置かれている。
そんな感覚が、心の奥に残る。
「質問はありますか」
エリスは、形式的にそう尋ねた。
だが、その問いに答えを期待している様子はなかった。ここで疑問を解消する工程ではないのだろう。
「……大丈夫です」
そう答えると、エリスは小さく頷いた。
「では、次に進みます」
装備も、知識も、十分とは言えない。だが、それで問題ないという前提で、工程は進行していく。
エリスの対応は、終始変わらない。感情の揺れも、戸惑いもない。すべてが、仕様どおりに処理されている。
だが、その淡々とした流れの中で、言語化できない違和感だけが、少しずつ積み重なっていた。
世界は用意されている。説明もされている。
それなのに、肝心な「なぜ」が、最初から存在していないように感じられた。




