第2話 スキル選択
第1章 死と転生。
白い空間は、相変わらず輪郭を持たなかった。
だが、先ほどまでとは違い、そこには「待ち」の感覚があった。何かが始まる直前の、静かな区切りのようなものだ。
女神エリスは、こちらを見たまま姿勢を崩さない。
「次に行うのは、スキル選択です」
淡々とした口調だった。重要な工程であることは分かるが、そこに特別な重みを持たせようという意図は感じられない。
「新しい世界で生きるにあたり、最低限の補助機能を付与します」
補助機能、という言い方が妙に現実的だった。
エリスが片手を軽く動かすと、空間の一部に文字が浮かび上がった。板でも、画面でもない。ただ、白の中に直接、情報が表示されている。
複数の項目が、整然と並んでいる。
《剣聖》
《全属性魔法適性》
《超回復》
《即死耐性》
《未来予知(低精度)》
どれも、分かりやすい。
強そうで、派手で、いかにも「異世界向け」だ。読めば、どんな効果なのか想像がつく。説明文も簡潔で、余計な修飾がない。
だが、それを見ても、胸が高鳴ることはなかった。
――前提条件が多いな。
そんな考えが、自然に浮かぶ。
剣聖は訓練が必要だろう。魔法適性があっても、結局は詠唱や制御を覚えなければならない。即死耐性は便利だが、そもそも即死を受ける前提なのが少し引っかかる。
未来予知は、説明が曖昧すぎた。
「それぞれのスキルには、制限と条件があります」
エリスは、補足するように言った。
「どれを選んでも問題はありません。選択は一つです」
一つだけ。
選択肢が多いようで、実際には絞られている。だが、それを不自由だとは感じなかった。むしろ、余計な迷いが減る。
表示された項目の下に、もう一つ、控えめな文字列があった。
《カルキュレーター》
説明文は短い。
・周囲の事象を計算し、最適な行動を補助する
・発動は自動
・効果は限定的
・戦闘能力の直接的強化なし
正直に言えば、地味だった。
剣も振れない。魔法も強化されない。回復もしない。未来も見えない。ただ、計算して、補助するだけ。
いかにもハズレ枠だ。
だが、その説明文を読んだとき、視線が止まった。
「計算」「最適化」
その二つの単語が、妙にしっくりくる。
――これ、汎用性は高いな。
戦闘だけでなく、移動や交渉、生活全般に使える可能性がある。何より、派手な能力と違って、目立たない。変な注目を集めずに済みそうだ。
未来予知のように曖昧でもない。剣や魔法のように、訓練前提でもない。即死耐性のように、事故待ちでもない。
「これ、地味だけど応用効きそうだな」
そう思った瞬間、選択はほぼ決まっていた。
熟考はしなかった。
運命を感じたわけでもない。使命感が芽生えたわけでもない。ただ、使い勝手が良さそうだと思っただけだ。
「……これでいいや」
エリスは、その言葉を聞いても表情を変えなかった。
「《カルキュレーター》ですね」
確認するように言うが、驚きも、引き止めもない。
「それは少し扱いが難しいスキルですが」
形式的な注意だけが添えられる。
「本当に、それでよろしいのですか?」
「大丈夫です。なんとかなりそうなので」
その返答に対しても、エリスは特別な反応を示さなかった。
「承認しました」
短く告げると、空間に浮かんでいた文字列が消える。
「スキル付与を完了します」
何かが体に流れ込む感覚はなかった。痛みも、熱もない。ただ、意識の奥に、静かに何かが組み込まれたような感触だけが残る。
――終わり?
拍子抜けするほど、あっさりしていた。
「以上で、スキル選択工程は終了です」
エリスは、いつも通りの調子で言う。
「次に進みます」
この工程も、彼女にとっては数ある処理の一つなのだろう。
《カルキュレーター》が、後に何をもたらすのか。
その時点では、誰も知らなかった。




