第9話 もう令嬢の手とは言えないわね
「な、なんですの、これは……」
ウキウキ気分で窯を開け、わたくしは絶句した。
出てきたガラスはとても宝石と呼べるような代物ではなかった。
熱々のトレイに並ぶのは、白く濁った石。
ところどころひび割れ、欠けていた。
実物の宝石を見たことは少ないけれど、こんなものでないことだけは一目でわかる。
「……エレーナ様、これは」
「失敗ですわね」
アルマがおろおろと、わたくしの半歩後ろでどう声を掛けようか迷っていた。
「最初はこんなものでしょう。材料はあるのでまたやりますわ」
落ち込んでる暇はない。
小さな麻袋に失敗した宝石をざらざらと入れた。
そして、第二陣で焼こうと思っていたトレイをセットする。
熱々の石窯に手が触れ、「わっ」と手を引っ込めた。
なんかうまくいかないわね。
トレイをテーブルに戻し、はぁ、とため息を吐いた。
苛立ちと焦りが込み上げてくる。
手はじんじんと痛んでいる。
「大丈夫ですか、エレーナ様」
水で冷やしたタオルを手に、アルマが声を掛けた。
そのまま手当てをされる。あたふたとしながらもテキパキしていた。
赤くなった手がひんやりと気持ちいい。
「ありがとう、アルマ」
「いえ……エレーナ様、気落ちしないでください」
「ええ、わかってるわ」
簡易椅子の丸太に腰掛ける。
ここのところずっと作業をしていたので、もう屋敷の中より馴染んでいた。
「どうしてうまくいかなかったのかしらね」
「さあ……。あの御本には何が書いてあったのですか?」
「うーん、合成宝石を作るのってそんなに簡単じゃないらしいのよね」
合成宝石の作り方はいくつかの工程を踏む。
第一に、材料となる珪砂や石灰などを適切な割合で混ぜ、ガラスの素をつくる。
第二に、それをトレイに入れて窯で焼く。
最後に焼き上がったガラスを切り出し、磨く。
これらが大まかな作業工程だ。
いまは第二ステップ。
窯で焼いたところで失敗した。
ガラスの素が悪かったのか、窯が悪かったのか。
原因を突き止めないと同じ間違いを繰り返すことになる。
どうにかしなければ。
本の内容をかみ砕いてアルマに説明すると、アルマは首を傾げながらも「いろいろあるんですね」と相槌を打った。
「……とりあえず、窯の温度を上げてみようかしら」
「はい。では、空気をたくさん入れてみますね!」
「ありがとう。失敗するかもしれないから、次は少量で試してみましょう」
わたくしは焼く前のトレイに目を落とした。
恐らくすぐに原因は分からないだろう。複合的な理由かもしれない。
焦りと虚しさできゅっと唇を噛んだ。
アルマは小分けのトレイをいくつか並べてくれた。
わたくしはそれに、ガラスの素を流し込む。
「エレーナ様はどうして偽ダイヤを作るんですか?」
「……わたくしを殺したあいつらに復讐するためよ」
「え?」
「冗談」
ふふっと笑う。
本当だけれど、まさか死に戻ったなんて信じてもらえないでしょうし。
窯にトレイを入れて、焼く。
先ほどより温度を上げて、空気の出入り口をしっかりと塞いでみた。
作業テーブルに腰掛け、ふたりでのんびり待つ。
その間暇なので、わたくしの生い立ちと、兄弟たちとの確執を話した。
アルマは時折瞳を丸くして、そして泣きそうに眉を寄せて、悔しそうに唇を噛んだ。
別に、悲劇のヒロインぶりたかったわけじゃないけれど、アルマの反応に心がぽっと温かくなるのも事実だった。
わたくしのために、こんなに表情を豊かに怒ってくれるなんて。いい子だわ。
「それで合成宝石を……」
「ええ。アルマにはこんなことに付き合わせてしまって申し訳ないわ」
「いえ! 気にしないでください! アルマは楽しいです!」
アルマが勢いよく立ち上がる。がたん、と丸太の椅子が倒れ、「ひゃっ」と慌てた。
そしてすぐに元に戻して、座る。
そそっかしいわね、と思いながらも、アルマのこういうところは気に入っている。
「私、職人さんたちってすごいなぁってずっと思ってたんです」
アルマがぽつり、と呟いた。
わたくしが視線で続きを促すと、アルマは恥ずかしそうに笑った。
「リンドベルグ領には金細工の職人さんがたくさんいるんです。それで、私はよく、旦那様のお使いでお届け物をしたりするんですけどーーー、いつも、格好いいなあって思ってたんです」
アルマの実家も北部にあり、近所には金の加工を扱う職人も多かったらしい。幼少の頃から見ていたそうだ。
「私は学もないですし、家事のお手伝いくらいしかできないんですけど。もの作りにずっと憧れてて……。今、お手伝いが出来て、嬉しいです」
アルマは木のテーブルに並ぶガラス加工のための道具を眺める。
その瞳はきらきらと輝いていた。
「あなたの仕事は素晴らしいわ」
わたくしはアルマに声を掛けた。
アルマは「ふぇっ!?」と勢いよく顔を上げた。
「家事の手伝いくらいと言うけれど、用意する物も多いし管理する範囲も広い。全体を見ながら状況に合わせて判断するのは立派な技術よ」
「え、い、いや、そんな……」
「少なくとも、わたくしにはできないことでしてよ」
わたくしはふふっと笑う。
そう、わたくしだって十二歳から働きに出ているけれど、メイドの仕事はわりとすぐにクビになった。
当時の主人は察してほしいとアピールするばかりで言葉にしなかった。
察せなかったわたくしは、気が利かないとぐちぐち怒られた。
それでメイドの仕事は向いてないと判断し、一年ほどで辞めた。
のちに男ばかりの職人のもとに下働きすることになったのだが、こちらもこちらで女だからと馬鹿にされた。
あのときは本当にイライラしたわね。
過去のことなのにまた怒りが込み上げてくる。
「ありがとうございます、エレーナ様」
アルマはうつむきがちながらも、ぽつりと零した。
頬がピンクに染まり、何かを噛み締めている。
田舎の女は大変だ。地位が低い者は特に。
彼女も色々あったのだろうと、きゅっと握り締める手を見て考えた。
「……あ、手はもう大丈夫ですか?」
アルマがはっと思い出したように尋ねる。
わたくしも今まで忘れていた。さっき火傷しかけたのだと。
隣に座って手を見てもらった。赤くなっただけで水ぶくれにもなっていない。
アルマは懐から軟膏を取り出した。
「ありがとう、アルマ」
「いえ、なんなりとお申し付けくださいませ」
火傷の他にも傷がひどい。
石を砕いていたせいで皮は剥け、指先は汚れている。
それらの傷に、アルマは丁寧に軟膏を塗っていった。
「ふふ、これじゃ、もうご令嬢の手とは言えないわね」
「エレーナ様の手はきれいです」
アルマはわたくしの手を、握る。
「立派な、格好いい、手です」
第十話は明日の12時頃投稿予定。
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