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第6話 わたくしが使ってもよろしいかしら?


わたくしは晴れて王都のファルネリア家から離れ、リンドベルグ辺境伯の仮婚約者となった。

とはいっても実利的な理由しかなく、色気は全くないけれど。




わたくしは与えられた自室でのんびりとしていた。

”開かずの倉庫”の荷物は全て自室に運び入れた。


荷物を運ぶ時、「手伝おう」とヴィルヘルムに手を貸してもらったら、袋を持った瞬間ぎょっとされた。

「なんだこれは」と聞きたくて仕方がなさそうな顔だった。


一般的な嫁入り道具とは違う謎の道具ばかりだからか、ヴィルヘルムは先ほどとは違った意味でじろじろと視線を配る。

「本当に何しに来やがったコイツ」という、怪物を見るような視線だ。

可哀想なご令嬢のイメージから、謎の物資を運ぶ女になったのかもしれない。



わたくしは丁寧にお礼を言い、ぱたりと扉を閉める。部屋の中でじっくりと本を読んだ。

『合成宝石加工術』だ。


住処と労働の許可を手に入れた。

明日からヤツらへの復讐に向けて、本格的な稼働が始まる。


やっとスタートラインに立てたようで、胸の奥から期待が溢れてきた。









「え!? ダメなんですの!?」


せっかく期待に胸を弾ませていたのに、最初の一歩は簡単には歩めなかった。


わたくしは朝、キッチンでシェフたちに挨拶をした。

「新しくヴィルヘルム様の婚約者になった者です」と言うと、シェフたちは笑顔で受け入れてくれた。


けれど「そのパン窯で石を焼きたいのですが」とお願いした途端、「食品以外の物を入れるのはやめてください!」と、すごい勢いで断られてしまった。





仕方なくわたくしは庭に出て思案する。

朝食もまだの時間だ。


早朝のリンドベルグ領は肌寒い。

三月、王都ではもう雪は見えないけれど、辺境伯領にはちらほら残っている。

王都から持ってきたコートだと少々辛かった。



緑が伸び始めた庭。

赤いリンドベルグ邸からは暖炉の煙が立ち上る。


屋敷を背にして庭を見て回ろうとしたところ、「エレーナ様!」と背後から声を掛けられた。


「お待ちください、エレーナさまぁ!」

「あなたは?」


屋敷から駆けてきたのはひとりのメイドだった。

わたくしと同い年か、それくらい若い。

手には大判のストールがある。



「あ、えっと、私、エレーナ様つきのメイドになりました、アルマと申します!」



走ってきたばかりのメイドがぺこりと頭を下げた。

緊張しているのか走ったからか、息が切れている。


「よろしく。わたくしはエレーナ」

「よろしくお願いします! 何なりとお申し付けください!」

「ええ」

「あの、それで……エレーナ様は、何をしていらしたんですか? 朝食はまだですけど……」


それが本題か。

朝起こしに来たら主人がいなかったので、探しに来たというとこだろう。

ひとりでもよかったのに。急がせて申し訳ないわ。


「わたくしは来たばかりなの。屋敷を見て回ってたのよ。アルマ、このあたり、わたくしに教えてくださる?」

「は、はい! ……といっても、別に、そんな、大層なものはないですけど……」

「いいわ。大体のものの場所が分かればいいから」


にこりと微笑むと、アルマは大きな瞳を少しだけ輝かせた。







アルマに手渡されたストールを肩に掛けて庭をうろつく。

ストールは特殊な羊毛で編まれているのか、かなり温かい。この領地独自のものだろうか。

「ありがとう」と微笑むと、アルマは嬉しそうにしていた。

なんだかダックスフンドに懐かれたような気分だ。



庭から指さし、大体の地形を把握する。


南側は王都に面しており、馬車が停まる。酪農を営む民の家々がちらほらと点在している。

わたくしが来たのも南側からだ。


北側には標高の高い山がそびえ立つ。

山を越えた反対側をしばらく行くと、隣国ヴァルデンフルト王国がある。国境沿いは警備が厳しい。

山側は鍛冶屋や大工など職人の家が多いようだ。


基本的にリンドベルグ領では、物は買うより作る方が多い。

自給自足、困ったときは助け合う。そんな文化が根付いている。







「あら、これは?」


庭を歩きながら、わたくしは足を止めた。

領地の庭は広い。なんなら屋敷の三倍はある広さだ。

その片隅に瓦礫が落ちていた。


「ああ、ここは主にゴミ置き場となっております。生ゴミなどは燃やしてしまいますが、燃えないものはここに保管しています」

「へえ、そうなの。なんだか瓦礫が多いわね」

「実は、ちょっと前に北側で土砂崩れがありまして……」


アルマがもの悲しそうに目を伏せる。


土砂崩れ。

ヴィルヘルムも言っていたな。

あのときはわたくしを冷遇するための嘘かと思っていたけれど、本当にあったとは。



「木材を保管している倉庫が崩れてしまったんです」

「それは辛いわね。ひとは無事だったの?」

「はい! 幸い誰も近くにはいなかったので。保管していた木材も、薪にする分には問題ありませんでした」

「不幸中の幸いね」


にこりと微笑みかけると、アルマは大きな瞳をうるうるとし出す。


「この瓦礫は捨ててしまうのかしら?」

「ええ。でも倉庫一個分なので、多くて。処理にも困っているんです……」


わたくしは気づかれないように口角を上げた。

リンドベルグ領には不幸中の幸いだったけれど、わたくしにとっては天の恵みとも言えるわ。



「もったいないわね。わたくしが使ってもよろしいかしら?」

「……? 大丈夫だと思いますけど、瓦礫ですよ。何に使うのですか?」

「アルマ、あなたも手伝ってくださる?」

「え、い、いいですけど、何するんですか!?」



ーーー石を焼きますわ

第七話は19時頃投稿予定。

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