最終話 復讐は何も生まない? そうかしら
「おかえりなさいませ、エレーナ様!」
リンドベルグ駅に着いた途端、アルマが迎えてくれた。
ファルネリア領に行くと言った時は全員が驚いていたけれど、ひとりで汽車を手配したら「気をつけて行ってらしてくださいね」と優しく見送ってくれた。
そして今日、わたくしは無事にリンドベルグへ帰ってきた。
わたくしは復讐を成し遂げた。
一度わたくしを殺した三人に、致命的な打撃を与えた。
数年越しの計画だった。
何もないところから一歩ずつ準備して、味方がいないところからひとりずつ仲間に引き入れて。
「ただいま、アルマ」
アルマはぱあと顔を輝かせた。変わらないわ。
アルマは最初からわたくしの味方でいてくれたわね。
「実は、昨日からユリウス王子がリンドベルグにお越しになってるんですよ。それで、今日、ちょっとしたパーティーを開くつもりだったんです」
「まあ、素敵ね。間に合ってよかったわ」
「はい! あ、王都でも大人気のパウンドケーキをいただきました。アルマ、エレーナ様と一緒に食べたいです!」
アルマはにこにこと勢いよく喋る。
わたくしが「わたくしもよ」と笑いかけると、アルマは尻尾をブンブン振るように、喜んでいた。
リンドベルグのメイン通りは、多くの人で賑わっていた。
最新のファッションや美味しそうなカフェ。歌手を志す若者が歌って、楽しそうな拍手が響く。
劇場にはステラのサインが掲げられている。ファンの聖地となっているようだ。
偽宝石のグッズも増えた。いまでは安価に買えるから、街ゆく人はみんなつけている。
小さな女の子が偽宝石のティアラをつけて道を走っていた。その子供を追いかける母親も、カバンに偽宝石のアクセサリーをつけている。
ほんとに発展したわね。
わたくしは、胸の奥が暖かくなった。
リンドベルグ邸に着くと、パーティーが行われていた。
「エレーナ、久しぶり」
ユリウス王子がにこにこと話しかける。
いつも思うのだけれど、ほんとにうさんくさい笑顔だわ。
「お久しぶりですわ、ユリウス王子。先日はお世話になりました」
「ふふ、いいんだ。面白いものを見せてもらったし」
「それはよかった」
ファルネリア領への視察は、忙しい中にわざわざ時間を作ってくれたようだ。
ユリウス王子は「ファルネリアのリゾート地はパッとしなかったねぇ」とぼやきながら、リンゴ酒の入ったグラスを揺らす。
「『こういうのが好きなんでしょ?』みたいな圧力が息詰まったよね。いや、全然ハマんなかった。エレーナの言ってたことがすぐ理解できたよ。きみの復讐劇に参加する方がよっぽど楽しかった」
「あら、光栄ですわね。主演にさせられなくて申し訳ないですわ」
「はは、いいんだ。ちょい役でも良い役だったでしょ?」
「とっても素敵な役どころでしたわ」
ユリウス王子は肩をすくめて笑った。
いまはハルムートから土地を没収し、ファルネリア領に住む住民に対して支援を行うことを検討している。
あの土地は温暖だから使い勝手が良い。国で管理する方が国民のためになると考えているようだ。
わたくしは深々とお辞儀した。ユリウス王子は別の方に声をかけられた。
「エレーナ様! おかえりなさい」
庭でわいわいと話しているマティアスに声をかけられる。すぐそばにはステラと、マティアスの妻であるカミラ。ちょっと遠くで双子が走り回っていた。
「ただいま、マティアス。カミラさんにステラさんも」
「ふふ、お招きいただきありがとうございます」
ステラはにこりと笑った。
ステラはハルムートと離婚をし、今はリンドベルグで一人暮らしをしている。さらに人気に火がついたようで、全国の劇場に引っ張りだこだ。
気にしていた火傷の痕もむしろ「DV夫と戦った証」として世間には好意的に受け入れられていた。
もうすぐヘンネの舞台が控えている。
「あのステラさんと同じパーティーにいるなんて、数年前の俺に言っても信じないですよ」
「よかったわね、"推し"と近くにいられて」
マティアスは瞳を輝かせる。家族とは別の存在の、大切な”推し”らしい。
その感覚はよく分からないのだけれど、彼の活力になっているならそれでいいわ。
マティアスはエンタメ事業に精を出している。
少し前に「劇場を使って芸人のコンテストを開きましょう!」とひとりで盛り上がっていた。また近々面白いイベントを開くだろう。楽しみだ。
近況を話し、わたくしはそのまま場を離れた。
「エレーナ様、おかえりなさいませ」
給仕していたテオドールが声をかけた。
薄いグレーの燕尾服。執事長の仕事をしている時の服だ。
「ただいまテオドール。わたくしがいない間は大丈夫だった?」
「ええ。目立ったトラブルは起きておりません。トビアスさんも大人しくしておりますよ」
よかった、と小さく零した。色んな意味で心配していたのだ。
トビアスはすべて負債を返し終わったものの、住む家も仕事も失っていた。今はリンドベルグの小さなアパートで細々と賃金暮らしをしている。
ヤツがテオドールを見た瞬間に刺さないかと心配していたのだけれど。諦めがついたのか、テオドールを見ても特に大きな反応はなかった。
「それにしても、あなたカクテルも作れるなんてね。あなたの経歴が知りたいわ」
「企業秘密です。ミステリアスな方が魅力的でしょう?」
「んー、あんたのその面の厚さを見習いたいわね」
「エレーナ様だって同じようなものでしょう」
テオドールはにっこりと笑った。
実は少し前、トビアスを懐柔した時の話になった。
「よく金のアクセサリーを持ってたわね」と聞いたら、「ああ、あれメッキですよ」と鼻で笑っていた。わたくしは背筋がゾッと冷えた。
さすがに金メッキのアクセサリーで同性に色仕掛けする度胸はなくてよ。
つくづくこの男を敵に回さなくてよかった。
わたくしはきょろきょろと邸宅を見渡す。
うーん、いないわねぇ。
そして、見慣れた後ろ姿が階段を上がっていくのを見て、そっとあとをつけた。
「ヴィル様」
わたくしは声をかけた。
ヴィルヘルムはびくりと肩をふるわし、勢いよく振り返った。
「あ、え、エレーナ。おかえり」
「ただいま帰りましたわ。ヴィル様、こんなところで何をしてるんですの?」
ここはヴィルヘルムの私室の前だった。
一階ではパーティーが開かれているのに参加しないのだろうか。
ひとりで閉じこもるタイプでもないのに珍しい。
ヴィルヘルムは扉に手をかけて、ドアノブとわたくしとに視線を交互に向け、「えー」と、言葉を言いよどんでいる。
「わたくし、戻ったほうが良いかしら?」
「い、いや、その、えー……いや、むしろ……その、きみに用がある」
「わたくしに?」
ヴィルヘルムは顔を赤らめ、こくんと頷く。
そして意を決したように、ぎい、と扉を開けた。
ヴィルヘルムの部屋は綺麗に整頓されていた。
大事に扱ってきたのだろう、年季の入った家具が置かれていた。ヴィルヘルムの部屋に入るのは初めてだ。
それにしても用とはなにかしら。
首を傾げていると、ヴィルヘルムは中心にあるソファに座った。わたくしも正面に座る。
「エレーナ、ええと。復讐、おめでとう」
「ありがとうございます。……なんだかヘンな感じがしますわね。復讐おめでとうって」
「長年の目標だったのだろう。なんだって叶えたら嬉しい」
そうね、と小さく笑った。
ヴィルヘルムはいつだってわたくしのことを応援してくれていた。
最初にリンドベルグに来た時は訝しんでいたけれど。
すぐに部屋を用意してくれたし、窯を作ってくれたし。偽宝石作りは何度も手伝ってくれた。
もし、最初に。
ヴィルヘルムがわたくしを認めていなかったら。
わたくしは最初の一歩を踏み出すことすら、できなかった。
「ヴィル様のおかげですわ。わたくしひとりじゃ何もできなかった」
「きみが頑張っていたからだ。だから俺も応援したくなった」
ヴィルヘルムは照れたようにはにかんだ。
下の階ではパーティーで盛り上がる声がする。
不思議とこの部屋は、息づかいが聞こえるくらいに静かだ。
「きみは、このあと……どうするんだ」
ヴィルヘルムがおずおずと尋ねる。
わたくしは手をキュッと丸める。
憎き三兄弟への復讐が終わった。
そのあとを想像して、わたくしはじっと考え込む。
部屋に沈黙が落ちる。
長年の夢を叶えて、心は空っぽになっていた。
「……わからないわ」
ぽつりと呟く。
これから何を目標にしていけば良いのか、分からなかった。
わたくしはリンドベルグを利用してきた。
偽宝石作りの拠点にするためだけにリンドベルグに来た。
会社もそうだ。三兄弟に復讐するのを目的として設立した。
リンドベルグの発展はすべて、復讐を元に作られている。
後ろ指を指され、いつ追い出されてもおかしくないとは感じていた。
……ヴィル様は正義の方だから。
自分の土地を利用する女は嫌いかしらね。
「出ていけと言うなら出ていきますわ」
「は?」
「私的な復讐のためにあなたの大事な土地を利用してきたんですもの。むしろここまで見過ごしてくれて感謝しきれないわ」
「ま、待て!」
わたくしの呟きに、ヴィルヘルムが急いで止める。
口をパクパクして、「えーと、ちがう、ちがうんだ」とせわしなく繰り返す。
「リンドベルグの発展はきみのおかげだ。きみが成し遂げた。それがどんな理由からであろうと、俺は嬉しい。感謝こそすれ、責めるなんてできない」
「……そうですか」
「俺が言いたかったのは、その……」
ヴィルヘルムは顔を赤らめて、ぼそっと呟いた。
「前に、結婚は復讐が終わってから考えると言っていたが……。いまは、どう思っているのか、聞きたい、んだ」
わたくしは間抜けに口を開けた。
結婚?
「……考えてもなかったわ」
「ユリウス王子も来てるだろう。何か言われたんじゃないのか」
「まさか。ユリウス王子はいいビジネスパートナーですわ」
もしかして、オークションでのプロポーズを真に受けているの? あんなの本気なわけないのに。
首を傾げていると、ヴィルヘルムは安心したように胸をなで下ろした。
「そうか、………そうか」
「わたくしが王族になれるわけないじゃないのよ」
「いや、きみならなりかねん」
ヴィルヘルムがはにかむ。その顔は年相応より少し幼く見え、どことなく可愛らしかった。
なんだか要領が掴めないわね。
「じゃあ、俺と結婚してくれないか」
は、
わたくしは頭が真っ白になった。
え? え? 聞き間違いかしら?
呆然とヴィルヘルムを見つめる。
ヴィルヘルムは緊張の面持ちで、自分のポケットをごそごそと探る。
そして、リングケースを取り出した。
「左手を出してくれ」
「え、え、ええ……」
おずおずと言われるがままに左手を差し出した。
ヴィルヘルムはリングケースから指輪を取り出し、そのまま薬指にスッとはめる。
「………え」
「結婚指輪のつもりだ。受け取ってくれないか」
「え……ほん、え?」
全然状況が掴めない。
…………結婚指輪?
わたくしは左手をまじまじと見た。
あかぎれでボロボロ。全然手入れはされていない。
薬指にはきらりとしたダイヤモンドが輝いている。
わたくしたちが何度も磨き上げてきた、合成ダイヤだ。
「結婚、ですか」
「ああ。まだ籍を入れてなかっただろう。入れないか」
「いいんですか、わたくしで」
「きみがいい」
目の前のヴィルヘルムは真剣だった。頬を赤らめて、ぎゅっと唇を噛む。
「ともにこの領地を発展させてきた、あなたと。俺は結婚したいと思っている。俺と未来を歩んでくれないか」
ヴィルヘルムの声が、静かな部屋に響く。
どくん、心臓が跳ねて。
わたくしは真っ赤になってしまった。
ぎゅう、と手を握る。妙に緊張した。
ずっと一緒に、それこそ同じ屋根の下で過ごしてきた。
…………。
答えなんて、決まってるじゃないの。
「………はい」
「! え、エレーナ、」
わたくしが今、ここにいられるのは。
わたくしが夢を成し遂げたのは、全部。
全部、ヴィルヘルムがわたくしを信じてくれたからだ。
一人で王都を出て、ただの石を焼いていた時から。
合成宝石なんて夢の技術を信じて、わたくしを支えてくれたから。
そんなの、とっくに恋になんて落ちてるわよ。
「わたくし、ヴィル様と結婚したいわ」
涙で滲む視界で、にっこりと笑った。
ヴィルヘルムは、ぎゅうっと強くわたくしの手を握りしめた。美しい顔を安堵と驚きで輝かせながら。
下の階では楽しそうな声が響いている。
窓の外から見えるリンドベルグの町は、夕方でもまだ人が多い。
街灯が輝き、活気が溢れている。
復讐は何も生まない。ーーーーそうかしら?
少なくともわたくしは、この街を作った。会社を作った。
信じられる家族を作った。
わたくしは、愛しい旦那様に微笑みかける。
これからは、正真正銘、エレーナ・リンドベルグとして。
新しい人生を生きていく。
こちらで完結になります!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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