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第51話 わたくしの勝利は決まっていたのですわ

後日。

わたくしはひとり、ファルネリア領を訪れた。

劇場やゴルフ場は完成したものの、観光客が訪れることはない。立派なハコだけが虚しく立ち並ぶ。


がらんとした景色を見ながらふふっと笑った。

一目見た時から、ハルムートの土地開発は失敗すると分かっていた。



ヤツの都市開発の問題点はターゲットを数少ない貴族に限定したことではない。

作るものすべてが”どこかで見たもの”だったことだ。



「他にはない特別なものを」と言いつつ、それらは別のどこかの施設の焼き増しだ。わざわざ馬車を使ってファルネリアまで来るほどでもない。


国内の1パーセントの貴族は目が肥えている。リピーターになるとは思えない。

噂を聞きつけてファルネリアまで来ても、「これなら別にいいか」と思われてしまう。

1パーセントの人間が一度だけ訪れて満足するリゾート地など、継続的に発展するわけがない。



誰かにアピールするのなら、"なぜ人々がそれを求めるのか"を理解しなければならない。

いかにあなたがこの国の人々より賢かろうと、利用するのは彼らなのだから。

あなたの世界は狭かったようね。



わたくしは人がいなくなったファルネリアを歩いてほくそ笑んだ。








今回のリンドベルグ劇場の宣伝の肝は、ステラをリンドベルグまで無事に連れてこられるかどうかだった。

ハルムートの目をいかにステラから逸らすか。


そこで撒いた種がユリウス王子とトビアスだ。

ユリウス王子には、ステラ脱出の時期にファルネリア領の視察に行くように頼んだ。


ステラ脱出は九月一日。

この間、ハルムートの注意を屋敷から逸らしてもらった。

ファルネリア全土をあちこち回り、アピールさせる。道中の護衛を増やさなければならないから、ファルネリア邸のひとの数は一気に減った。

ステラ脱出は比較的簡単だった。




ユリウス王子はわたくしの計画を聞いた時、「面白そうだね」と笑ったけれど、そんなに甘い人ではなかった。


「僕はきみの復讐なんかどうだっていい。むしろ、国内有数のリゾート地となる開発を潰すのは王族として看過できない。僕はどっちにも発展してもらいたいからね」


ユリウス王子の視線は厳しかった。当然だ。

ひとりの私怨で街を潰す協力をしろと言ったのだから、簡単に頷く方がおかしい。

わたくしは背筋を伸ばして微笑んだ。


「では、ユリウス王子の目で直接ファルネリアをご覧になってから判断してくださいませ。ファルネリアに発展の余地があると感じられた場合、わたくしの計画をハルムートに全てお伝えしてかまいませんわよ」


ユリウス王子は瞳を細めた。

見定めるようにわたくしを見て、ふふっと笑う。


「いいね。僕も高級リゾート地に興味あったんだ。ちょうど時間が空いたから行ってくるよ」



そして、ファルネリアの開発はユリウス王子のお眼鏡には敵わなかった。それだけ。








次に用意したのがトビアス。

ユリウス王子のファルネリア領視察は九月十四日に終わる。

そこでステラの不在に気づかれたくなかった。


ファルネリア領からリンドベルグは片道五日。

急いで来られたら、舞台が始まる前にステラを連れ戻される可能性がある。

ハルムートをリンドベルグからさらに遠ざける必要があった。


西の街ヘンネとリンドベルグを直接繋ぐ路線はない。

王都からヘンネまでは往復二日。王都からリンドベルグは片道四日。

ヘンネに行かせれば、絶対に九月二十日より前にハルムートがリンドベルグに着くことはできない。



トビアスがハルムートに捨てられたことは知っていた。破産申請のあと、ひとりで細々と暮らしていることも。

そこでわたくしはトビアスの負債、五億六千万クラムを肩代わりする代わりに、九月二十日までハルムートをリンドベルグに到着させないように行動させた。


トビアスにはハルムートの監視に見つかるようにヘンネに行ってもらった。

”家族関係放棄証明”のたれ込みが目的だと思わせて。


トビアスと”家族関係放棄証明”を結んだことは、ハルムートの信頼を損ねる一手になる。

いくらトビアスが愚かな経営をしていようと外部の投資家から実情は見えない。

「実の弟を見捨てるなら、自分たちもすぐに捨てられるのでは」と不安になってもおかしくないのだ。




ステラがリンドベルグまで来られなかった場合は、ヘンネでトビアスの件をリークする。

トビアスが捕まったら、ステラの舞台を大々的に盛り上げる。



二兎を追う者は一兎も得ず。

わたくしはどちらになってもかまわなかったわ。

だって結果は同じだもの。

そもそも複数人から恨まれるようなことをするから、こんな目に遭うのよ。









わたくしは朽ちたリンドベルグ邸を見上げた。

窓は割れ、庭は荒れ果てている。

使用人はもういないだろう。そんな金も持ってないはずだ。


都市開発の費用は領主(ハルムート)持ち。

誰も来ない劇場とホテルの建設費を回収できないまま、借金だけが残る。

目の前の利益を優先して、ハルムートは最も重要な「信頼」という資産を失った。



代わりにわたくしは、「エレーナ・リンドベルグは傷ついた女性を支え、仲の悪かった弟の借金を肩代わりする、立派な社長だ」というイメージを手に入れた。



投資家や起業家がこぞってわたくしに会いに来た。

活気が活気を呼び、リンドベルグにはひとが集まる。

この「信頼」を手に入れられるなら、トビアスの五億六千万クラムなんか安いものだ。


わたくしは、自分の手で壊した”兄の家”を見て、にっこりと笑った。









がたん、と家の扉が開いた。

ハルムート・ファルネリアが出てきた。以前のような覇気はない。


ステラの件で誹謗中傷が激しいようだ。

あたりを警戒し、鋭い視線で通りを見渡してーーー

目が合った。



「っ、お前、」

「ごきげんよう、ハルムートお兄様」



わたくしはスカートの裾をあげ、丁寧に頭を下げた。


「何しに来た。まだ何か用があるのか」

「いいえ。土地開発の参考になるかと思って見に来たんですわ」


くすくす、と口元を隠して笑う。

ハルムートはぎり、と歯を食いしばった。


「やはり先人に学ぶところはたくさんありますからね。わたくしも精進しなければなりません」

「っ、なんだ、俺を笑いに来たのか」


ハルムートはやつれ、目が血走っている。


「生活は大変ではなくて? あなたもリンドベルグへ越してきたらどう?」

「余計なお世話だ! 俺はトビアスみたいにへりくだりはしない」

「ふふ。そうですか。ここにはもう誰もいませんけれど」


わたくしは目を細めて、にこりと笑う。

土地の弱点は、無価値になったとして移動させられないところですわね。


ハルムートはぎりぎりと歯を食いしばって、玄関にあった花瓶をわたくしに投げた。

わたくしはひょい、と避ける。遠くで、がしゃんと花瓶が割れた。



「お父様から相続した土地ですものね。大事になさってくださいな」



わたくしは恭しくお辞儀をして、ファルネリア邸をあとにした。

次回、最終話。17時頃投稿予定。

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