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第50話 星は、いまも輝いていますわ

ステラ・ファルネリアは泣いていた。

降り注ぐ照明の光。鳴り止まない拍手。息が切れて、肩で息をして、目元を拭う。


一年ぶりの舞台だった。

やりきった。私は、やりきった。

確かな実感を得て、ステラは観客席に向かって深々と頭を下げた。





ファルネリア邸では演技の練習はほとんどできなかった。

夫にバレたら今度こそ監禁される。光もない部屋に閉じ込められるだろう。彼の妹、ルイーズのように。


声を出す練習はできない。

ベッドの中で隠れて台本を読んだ。みなが寝静まったあとお手洗いに行き、朝まで個室で動きを確認した。

寒かった。暗かった。狭かった。

それでも、誰にも見られないところはそこしかなかった。


やっとの思いでリンドベルグに着いても、合わせ稽古ができる日は少ない。

主演であるのにほとんどほかの演者と演技を合わせられなかった。

いくら自分が可哀想な目に遭っていようと観客席の人たちには関係ないのに。

すばらしい劇を届けるのが自分の仕事なのに。




プレオープン前日。通し稽古は滞りなく終わった。

けれど、自分の納得する演技はできなかった。


私は舞台に立つべきなのだろうか、それとも、もう運命を受け入れるべきだったのだろうか。

顔の傷を”醜い”と言われないか。ファンが離れないか。練習不足を見透かされないか。

気丈に振る舞っても、考えれば考えるほど不安になった。


”舞台で輝く一粒の(ステラ)”。

以前、そう称されたことがある。

星はもう地に落ちたと書かれるかもしれない。





全体稽古が終わって夕食を終えても、ステラは眠れなかった。

ひとり、部屋を抜け出して、暗くなった劇場へ向かった。

明日、プレオープンが始まる。


ランプを床に置いて舞台に立つ。

さきほど詰まった台詞を動きをつけて練習した。

でも、でも。なにかーーー自分の心が黒いものに掴まれて、縛られて、喉が詰まった。






「ステラさん」


舞台袖から、エレーナが出てきた。

ステラはびくりとして振り返る。


エレーナは手にランプを持っていた。

数か月前、ファルネリア領の地下倉庫で殴られたことが頭をよぎる。ぎこちなく笑い返すも、ステラの手は震えてしまった。


「こんな時間まで練習? 明日は本番ですわよ」

「台詞が詰まって……。発声練習ができなかったのは痛手でした」


ステラは目を伏せる。申し訳なかった。

こんなめんどくさい境遇の女を、わざわざ舞台に立たせてくれるのに。

リンドベルグからの迎えだけではない。衣食住も提供し、さらには、夫から守るためにエレーナはすべての情報を隠してくれていた。



ここまでしてもらったのに、自分の演技が目も当てられないものだったら。

これほどの大舞台を用意してくれたのに、彼女の顔に泥を塗ってしまったら。

ぽろぽろと音もなく涙が流れ、その場でうずくまってしまった。




エレーナはゆっくりと近づいた。そして、ことりと床にランプを置く。

暖かな火の明かりがエレーナの顔を照らしている。


「怖い?」

「っ、私、わたしは……っ、」


怖い。怖い。明日が怖い。

ぎゅっと手を握り締めても、震えは止まらなかった。



「私は、もう、美しくない、輝けない。そう、不安で、台詞が、うまくしゃべれない」



台詞が詰まるのは、今の自分に自信がないからだ。

以前のステラ・フォン・アーデルシュタインだったらすらすらと演じられただろう。


だけど、今は違う。

一生懸命強い女を演じても、どこかで弱さが表れてしまった。


「あなたの美しさは顔だけじゃないわ。わたくしが保証する」

「っ、わたし、……不安なんです。失敗して、夫に怒られて、連れ戻されて、ファンにも失望されて、エレーナさんに迷惑をかけたら、って、おもうと、声が出なくなるんです」

「大丈夫よ」


エレーナは震えるステラの手を、そっと握った。


「あなたはステラ。”舞台で輝く一粒の星”」

「……っ、でも」


顔を上げると、エレーナは優しい顔で微笑んでいた。



「星は、いまも輝いていますわ」









そして、リンドベルグ劇場のプレオープンは大成功を収めた。

観客席からの鳴り止まない拍手。賞賛の声。

舞台に帰ってきたという実感。


ああ、やりきった。

私ひとりではできなかった。


一緒に稽古する時間が短くとも、演技を合わせてくれた共演者たち。

衣装やセットを急遽ステラに合わせて調整してくれたスタッフたち。

劇の準備をサポートしてくれたマティアス。

馬車や汽車、滞在先を用意してくれたエレーナ、ヴィルヘルム。

生活を優しく支えてくれるリンドベルグのひとたち。



大勢の協力があって、私はまた舞台に立っている。

ステラは、輝かしいばかりの笑顔を観客席に向けた。







翌日の新聞記事はステラの舞台を賞賛する記事で溢れていた。

顔に傷を負ってもなお舞台に立つ姿は人々の胸を打った。

彼女の美しさは”顔”でなく、舞台に打ち込むその姿勢そのものなのだと人々は理解した。


そして、傷ついたステラを救い、舞台に上げたエレーナ・リンドベルグへの賞賛も止まらなかった。







「では、エレーナさん。ステラさんの火傷を見た瞬間、何を感じましたか」


エレーナ・ファルネリアは取材を受けていた。

リンドベルグ邸の一室で、ステラとともに。

相手は大手出版社の記者が複数人。数社からステラ復活の記事を大々的に取り扱いたいと取材を申し込まれたのだ。



わたくしは目を伏せ、「そうね」と小さく呟く。


「驚きましたわ。だって……とても痛々しくて。わたくしも辛くなったくらい。でも、彼女は女優を引退するとおっしゃって……その時、もっと悲しくなったんですの」

「それは何故?」

「彼女に傷があろうとなかろうと、わたくしは彼女の劇を見たかったからですわ」


真っ直ぐな瞳で記者を見つめる。

優雅な声を心がけて、ゆっくりと、心を伝えるように。


「彼女の美しさは内面から込み上げてくるもの。彼女を応援することがわたくしの務めだと感じましたわ」


隣に座っていたステラが、きゅっと唇を噛む。

記者が気づいて、ステラに話を振った。


「ステラさんはいかがでした?」

「はい。……本当に、エレーナさんには助けてもらいました。実は、リンドベルグの劇場に出る前にヘンネの劇のオファーがあったんです。ですが、夫が拒否して……。ずっと無念だったんです。悲しかった。もう舞台に立てないと思った。だけど、エレーナさんに協力してもらって、なんとか舞台に立つことができました」

「どんなご協力を?」


ステラはわたくしと視線を合わせ、ふふ、といたずらっぽく笑った。

可愛らしい少女のように無邪気だった。


「リンドベルグの方と合流して、荷馬車の積み荷の箱に入って輸送されました。狭いし、暑いし、苦しいし。王都に着くまでは大変でした」

「積み荷に? なぜそんなことを」

「夫に気づかれたら連れ戻される。舞台どころか、もう二度と家から出られなくなるから。身一つで逃げてきました」


ステラが語る内容に、記者は息を呑んだ。

まさかここまでひどい状況にいるとは思わなかったのだろう。



ハルムートとの結婚生活に話が飛び、ステラは事実を話す。

結婚自体がステラのステータスを利用する目的だったこと、養子であることを非難されたこと。暴力を受け、軟禁されていたこと。


ステラが話す度に、部屋の中がざわつく。

こんなことが許されていいのかと、記者たちは戸惑った視線を交わし合う。



「夫とは離婚するつもりです。だから、今の私は自由。心配しないでください」

「離婚された後はどうされる予定でしょうか」

「そうね。リンドベルグに住む予定よ。とっても素敵な劇場ができたし、それに……リンドベルグのひとたちはみんな優しいの」


ステラはエレーナに視線を配り、にこりと笑った。



「ご飯は美味しいし、お店もたくさんあるし。なにより、傷を負った私を受け入れてくれる。私はリンドベルグが大好きです」







ステラの記事は瞬く間に広がった。王都だけでなく、ガルデーニエ王国全域を席巻した。

ファルネリア領も例外ではない。

むしろステラを傷つけた当事者がいると、一番に盛り上がった。



ハルムート・ファルネリアの名前は地に落ちた。

立派なファルネリア邸には石を投げられ、「この暴力夫、ステラさんに謝れ!」と、連日ファンが非難の声を上げに詰めかけていた。



ハルムートは家から出られなくなった。

土地開発の事業は全てストップし、投資家たちはみな手を引いた。

生活が苦しくなった領民は、リンドベルグに職を求めた。


リンドベルグは今、ガルデーニエ王国有数の大都市となっている。

第五十話は12時30分頃投稿予定。

完結まであと二話。

ブクマ&評価、ぜひぜひよろしくお願いします!!

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