第5話 あなたの美貌も金も用はないわ
「初めましてヴィルヘルム様。エレーナ・ファルネリアと申します」
にっこり、それはそれは美しい笑顔でにっこりと笑った。
たとえ目の前で待ち受ける男が、わたくしを射殺すように睨み付けていても。
「きみが例の令嬢か」
「例の? どんなお噂を耳にしたかは存じ上げませんが、あなた様との婚姻を希望したのはわたくしでしてよ」
「ああ、そうか。きみらしいな」
わたくしを出迎えた黒髪の男はわざとらしくため息をついた。
リンドベルグ邸の玄関に着くなり、大層なご挨拶だ。
馬車を引いてきた従者は「じゃ、おいらはこれで」とそそくさと帰った。
道の端に雪の残るリンドベルグ領は寒かった。
「とりあえず入れ」
「お邪魔いたしますわ」
辺境伯の邸宅は赤い石の壁でできていた。
緑深い森と雪の残る白の景色の中、抜群に目立つ。
階段を上り最初の扉を開けても、まだ扉がある。雪国だからかしら。
物珍しくきょろきょろと視線を動かしていると、ヴィルヘルムがこちらに手を差し出す。
「なんですの?」
「コート。濡れてるだろう。脱げ」
「……ありがとうございます」
レディに向かって脱げだなんて。
デリカシーは顔に見合わないようね。
この邸宅ではコートは玄関に掛けておく構造らしい。
しぶしぶコートを手渡すと、ヴィルヘルムがさっと壁に掛ける。
その佇まいは確かに噂に違わぬ美男子だった。
黒いジャケットにスラックス。革靴も黒。髪も黒。瞳は金色。
全身が真っ黒で無骨なイメージだ。
顔はキリッとしてて格好いいのに、会ってから一度もにこりと笑わない。
わたくしはこんなに笑顔を浮かべているというのに。
とりあえず入れ、と顎をしゃくられて、応接室へ案内された。
応接室には豪華なソファがあった。年季が入っているが、装飾は立派だ。
大きな暖炉からぱちぱちと火が爆ぜる音がする。
手狭だけれど老舗のような雰囲気のある空間だ。
ソファに腰掛けると、正面にヴィルヘルムも座った。
「遠い中ご苦労。俺がヴィルヘルム・リンドベルグ。リンドベルグ領の領主だ」
「よろしくお願いいたしますわ」
「ああ。きみが俺との婚姻を望んでると聞いたんだが」
ヴィルヘルムは長い足を組み、ソファにふんぞり返る。
「あいにくだが、きみの望むものはあげられないと思うぞ?」
「……どういう意味です?」
わたくしは眉をピクリと動かす。
ハルムートはわたくしのことをなんと紹介したのかしら。
特にわたくしから条件は言っていないのだけれど。
まあ、この分なら『要らない小娘を押しつけられた』と認識しているんだろう。
贅沢三昧やらなんやらと吹き込まれているに違いない。
ヴィルヘルムは表情一つ変えずに続ける。
「我が領土は貧しい。ファルネリア家とは比べものにならない。産業も乏しく、領民の生活を維持するので精一杯だ。おかげで屋敷の人間も最小限で回しているし、贅沢する余裕はない」
恥ずかしい話だがな、と付け足すものの、ヴィルヘルムは全く悪びれる様子はない。
ちらりと部屋を見渡した。
家具はどれも年季が入っている。
立派な造りをしているが、最近買った物ではなさそうだ。
「だから出迎えのメイドがいなかったんですのね」
「ああ。すまない。ちょうど北の領地で土砂崩れもあってな。その手伝いに向かわせている。本来なら茶でも出すつもりだったんだが」
「かまいませんわ」
どうりで。人気がないと思った。
普通、辺境伯といえば使用人が数十人はいてもおかしくない。
けれど、出迎えたのは領主だけ。
バタバタしてるところに押しかけてしまったのかしら。タイミングが悪かったわ。
別にお茶が飲みたいわけでもないし、むしろ肩肘張らなくていい。
わたくしはのんびりとソファに座り直した。
「……だから、俺と結婚したって、きみのメリットは何もないんだが」
のんびりとした反応のわたくしを見かねてか、ヴィルヘルムが訝しむように続ける。
「悪いことは言わない。俺のことをどう聞いているのか知らないが、俺はそんな、完璧な人間でもなんでもない。王都に戻って別のヤツを探した方がきみも幸せになるだろう」
ああ、なるほど。
ヴィルヘルムは美しいと王都でも評判だった。
辺境という土地の遠さも相まって、噂は過大評価されがちだ。
国境を守る美しい騎士、質実剛健。
”雪の王”と称されることもあるらしい。
そのせいか憧れだけ持った令嬢たちからのラブコールも多いらしい。
過去に数回、望まない政略結婚をさせられそうになったと聞いたことがある。
格上のファルネリア家からの婚姻は、自分からは断れない。
けれど自分は結婚したくない。
だから『お前が根を上げて逃げろ』という圧力をかけているのだ。
出迎えの使用人を与えなかったのも、お茶を出さないのも、すべてはパフォーマンスだ。
金持ち貴族のお嬢様なら泣いて逃げるだろうという舐めを感じる。
(あなたの”美貌”も”金”もどうだっていいわ)
「……わたくしに帰る家はありませんの」
わたくしは目を伏せて、まぶたを震わせた。
睨み付けていたヴィルヘルムの瞳が、一瞬揺らいだ。
「わたくしは後妻の娘で、ファルネリア家にふさわしくないと後ろ指を指されてきました。愛する父だけがわたくしの味方でした。でも、父が亡くなって、もうあの家にいることは出来ないんです」
半分本当で半分嘘。
父は私の味方でも何でもなかったが、タイミング的にちょうどいいから利用させてもらおう。
ヴィルヘルムは訝しむようにわたくしを見る。真偽を見計らっているのだろう。
けれど、こればかりは嘘ではないの。残念なことにね。
わたくしは”可哀想な娘”の”それっぽいストーリー”をつらつら語った。
きっとこういう分かりやすいお話が刺さるタイプだわ。無骨なオーラだけれど、お人好しが隠し切れていない。
案の定、ヴィルヘルムの視線は次第に柔らかくなっていった。
「この婚姻は兄の命令でした。わたくしを追い出したかったのでしょう。悲しかった。わたくしを認めてくれなかったのかなと、落ち込みながらここへ来ました。けれど、リンドベルグ領の景色を一目見て、素敵な場所だと感じました」
「……」
「もうあの家に戻りたくはない。わたくしはこの領地で暮らしたい。わたくしは、他に何も要りませんわ」
歯を食いしばって眉をキュッと寄せる。
もう少しで涙でも流せそうだが、さすがにそこまでの演技力はなかった。
けれどヴィルヘルムには充分だったようだ。
警戒心は大分和らぎ、同情するように「そうか」と呟く。
「部屋の片隅だけでも貸してくださいませんか。家賃もお支払いします。……今は手持ちがありませんが、必ず働いてお支払いします!」
「……こんな山奥に、女性が金を稼ぐ手段なんかろくにないだろう。そんなに気を張ることはない」
「いいえ! わたくしの気が済みませんわ!」
世間知らずのお嬢様の世迷い言と思ってるんだろうが、まったく。
こっちが本題だって言うのに。
「わたくしは必ず、このご恩をお返ししたいのです。どうか、わたくしがここで働くことを認めてくださいませんか?」
潤んだ瞳で見上げる。ぽろり、涙が一粒零れた。
あら、タイミングがいいですわ。
わたくしの演技力もレベルアップしましたわね。
ヴィルヘルムは息を呑んだ。
「……わかった。きみは好きに働くといい」
「ありがとうございます」
「この邸宅の一室を貸そう。一応は俺の婚約者という体裁でいてもらってかまわない。ただ、籍は入れない。いいな?」
「かまいませんわ」
わたくしは微笑む。
ヴィルヘルムは警戒の心を緩めながらも、突然来た女の言葉を全て受け入れたわけではないのだろう。
わたくしも世継ぎだのなんだのっていう責任を負わなくていいし。むしろ好都合よ。
庶民と違って、貴族が労働をするのは色々と面倒くさい。女性の貴族が働くのは特に。
わたくしは王都では"庶民"扱いだったが、ここには"貴族"のひとりとして来ている。
領主から労働の許可を得られなければ、何もできない。
わたくしはただ、”住む場所”と”働く権利”をあなたからいただきたかっただけなんですの。
「いつかヴィルヘルム様に認めてもらえるように頑張りますわ」
「……ああ」
にこりと笑うと、ヴィルヘルムは小さく頷いた。
「屋敷のものは好きに使っていいが、買う物は俺の許可を取ってくれ」
「承知いたしました」
口の中でニヤリと笑う。
屋敷のものを使っていいなら万々歳ですわ。
だって、わたくしが用があるのは、この”山”に埋まっている”お宝”ですから。
ヴィルヘルムが真っ直ぐに見つめる。
わたくしは輝く瞳で受け入れた。
視線が交じり合う。
騙されやすい男性ですのね。ちょっと不安になりますが。
でも、絶対損はさせませんわ。
このご恩を返したい、という気持ちに嘘はありませんの。
必ず、あとで莫大な利益をもたらしてみせますわ。
これが愛しの旦那様との初対面となった。
第六話は明日の13時頃投稿予定。
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