第47話 きみが捨ててきたものに、足元を掬われないようにね
ハルムート・ファルネリアはここ三週間の予定を全てキャンセルして、ユリウス王子につきっきりだった。
ファルネリア領全域を馬車で回り、ゴルフ場や劇場を見せる。ありとあらゆる手段を講じて、ユリウス王子をもてなした。
九月十三日。夜。視察最終日。
ユリウス王子は明日、王都へ帰る。
最後の宴会を開いた。ファルネリアの特産品であるレモンやオリーブを使った料理を前に、ユリウス王子は目を輝かせていた。
「やっぱファルネリアってご飯が最高だよねぇ。僕、レモン大好きなんだよ。ていうか果物が好き」
「そうですか。では、王都へ戻ってからもお送りいたしましょうか」
「んー、いいよ。輸送大変でしょ」
かまいません、とハルムートは食い下がる。
ファルネリア領には駅がなかった。
土地開発の要として、ハルムートは私鉄各社に声をかけていた。
だが、各社からは「あえて通す必要もないのでは」と、色よい返事はもらえていない。
さらに、ルイーズショックやザントクラーデ総合商会の倒産が尾を引いていた。
新聞記事にはならなくとも、大企業の倒産は口コミで広がっている。
「ファルネリア三兄弟のうちふたりが破産しているが、あなたは大丈夫なのか」と至る所で尋ねられた。
線路を通すという大金がかかる事業者は、特に慎重な姿勢だった。
悔しい。あの馬鹿どものせいで自分まで同類に見られるなんて。
何度歯を食いしばったか分からない。
商業を行うには馬車の物流量では足りない。
これを機にファルネリア領にも王都と繋ぐ線路を作ってほしかった。
ユリウス王子はリンドベルグなんて僻地に線路を通したのだ。あの山ばかりで何もないところに。
ファルネリアのほうがずっとためになるだろうと説得したのだが。
ユリウス王子はこの三週間、「考えとく」とだけ言っていた。
「ファルネリアの土地開発は、いかがでしょう」
ハルムートは切り出した。
明日、王子は王都へ帰ってしまう。
この三週間、できることはすべてやった。全国から美女や芸者を呼び、接待をした。珍しいと評判の商品も取り寄せた。
だが、ユリウス王子はグラスに口をつけて「ん~」と誤魔化すだけだった。
「どうだろうね。僕が不安に思ってるのは、ちゃんと投資のリターンが返ってくるかってとこなんだけど」
「ファルネリアのリゾート開発は国内でもトップクラスです。完成したら全国から観光客が押し寄せるでしょう」
「そうかな?」
ユリウス王子はワイングラスを回す。
グラスの中で赤いワインがゆらりと揺れる。
「じゃあ聞くけど。このリゾート地を楽しめるひとって、国内に何人いる?」
緑色の瞳が細められる。
ハルムートは一瞬、息を呑んだ。
「……ファルネリア領は高級感のあるリゾート地を目指しておりますので、ターゲットは爵位を持った貴族。ガルデーニエ国の人口の1パーセントです。ですが、彼らは上質な顧客です」
「ふふ、そうだね。1パーセントの貴族は、99パーセントの庶民よりお金を落としてくれるね」
はい、と返すハルムートの声が震えた。
ガルデーニエ王国の経済分布は、1パーセントの貴族が99パーセントの庶民と同等の富を持っている。
この国が特別歪んでいるわけではない。隣国だってこんなものだ。
金を持っている方を優先的にターゲティングする。
そんなのは当たり前だ。所詮金を持たない人間の生活など、たかが知れているのだから。
1パーセントというと少ないように聞こえるが、数字で見れば四万人はいる。
自分は何も間違ってはいない、とハルムートは拳を握る。
なのに、どうしてだろう。なぜだか背筋が冷える。
「僕はその1パーセントの人間だけど。別にまた来たいとは思わなかったな」
ユリウス王子は冷たい声で呟いた。
真っ直ぐに、ハルムートを見つめながら。
「……なぜ」
「なんでだろうね。でも分かるのはさ。ここには”熱”がないんだよ」
ユリウス王子の顔を、ハルムートは唇を噛んで見つめた。
軽口のように言っているが、じくりと刺す言葉がナイフのようだった。
熱とはなんだ。
ハルムートはリゾート開発のため、人気のあるトピックスを調査した。
これから”来る”と複数の投資家が太鼓判を押していたのが、ゴルフと劇場だった。
人気、イコール熱ではないのか。
いや、むしろそんな主観的なものに左右されて金勘定するほうがおかしい。
頭の悪い人間はすぐに感情に流される。
客観的な数値を見なければ失敗する。
……なのに。
「きみは賢いから分からないんだろうね」
「……そんな、ことは」
「たくさん切り捨ててきたんだね」
ユリウス王子はワインを片手に目を伏せる。
その顔は優雅で、そして、
背筋がゾッと冷えた。
こいつは、何を考えている。
「きみが捨ててきたものに、足元を掬われないようにね」
「……は、」
「例えば」
ーーーー可哀想な家族とか
そうして、ユリウス王子は微笑んだ。
ハルムートは勢いよく部屋を飛び出した。
やられた。
ハルムートは廊下を走りながら執事を呼びつけた。
ユリウス王子の接待を切り上げ、ハルムートは馬車を手配する。
もう不敬だとか無礼だとか、そんなことは考えていられない。
「王都へ急げ」
ハルムートは馬車に飛び乗り、逸る心臓を必死に押さえた。
ヤツはやはりエレーナの手先だった。
いや、俺とエレーナを天秤にかけ、どちらにつくか見ていたのかもしれないが。
どちらにせよ俺はヤツのお眼鏡には敵わなかったらしい。
そんなことはどうだっていい。渋るなら他の投資家を探せば良いだけだ。コネなら無数にある。
むしろ問題なのは、ユリウス王子を寄越している間に、エレーナが何をしたかってことだ。
ーーーー可哀想な家族とか
脳裏に浮かんだのはトビアスだった。
一年前に”家族関係放棄証明”を結んで、もう家族ではなくなったが。
トビアスは馬鹿だ。
ザントクラーデ総合商会なんて大きな駒を持ちながら、無駄な行動で破滅させた愚か者だ。
何度も忠告した。「何もするな」と。しかしトビアスは聞き入れなかった。
挙げ句の果てには、この国にはない金山なんかを探すために大金をつぎ込んだ。
トビアスの負債は五億にのぼると予想していた。
破産すれば兄である自分を頼ってくるだろうとも。
こんな大事な時に、そんな無駄な金を払っていられない。トビアスといれば破産のイメージがついて回る。だから家族関係を放棄したのだがーーー
愚鈍な弟が兄を恨んでもおかしくはない。
トビアスのことはしばらく監視していた。
家やすべての財産を売り払い、破産手続きは済んだようだ。今は最底辺の安宿で死人のように暮らす。惨めなものだった。
ろくな賃金も出ない労働でその日暮らしをしていると聞いて、トビアスの監視を緩めた。
しかし。
エレーナがマスコミに、トビアスを「可哀想な弟」としてリークすれば。
ファルネリア家の恥どころか、自分は家族を切り捨てた兄だと後ろ指を指されるかもしれない。
ヤツを外に出させてはいけない。あいつも監禁すべきだったか。
チッと舌打ちをする。
ハルムートは馬車に乗りながら手紙を書く。
新聞各社に、トビアスを名乗る人間が現れたら記事を出す前にハルムートを呼べと。
「おい、トビアスは今どこにいる」
「少し前まで王都にいたようですが、昨日ヘンネ行きの汽車に乗ったとの目撃情報があります」
「ヘンネだと? 何をしに行ったんだ」
わかりません、と執事が答える。
ハルムートは爪をガリガリと噛んだ。
王都に着き、ヘンネ行きの汽車に乗った。トビアスの目的は分からない。
だが、ヘンネにはいくつか弱小の出版社がある。
大手に相手にされなかったトビアスがたれ込みをするのはあり得る。
エレーナがトビアスに駄賃を手渡し、ハルムートの仕打ちをリークするよう仕向けたとしたら。
……別にヤツの借金を背負う義理などないが、印象が悪くなるのは避けられない。
あの愚図な弟のせいでまた足を引っ張られるのはごめんだ。
苛立ちながらヘンネ行きの汽車に揺られる。
勢いよく通り過ぎる街。緑。木々だけで何もない景色。荒れ地。
九月十五日。
ハルムートはヘンネに着いた。
トビアスの目撃情報をもとにヘンネの街を走る。
そして、小さな公園で野宿しているトビアスを見つけた。
ぼろぼろの布を身に付けた、浮浪者のような姿をしていた。
「トビアス、お前!」
「……ハルムート兄さん」
「家族関係放棄証明のことをリークしようとしたのか? エレーナにいくら積まれた?」
久しぶりの再会にもかかわらず、ふたりの間に感動はなかった。
むしろ猜疑心と苛立ちばかりが込み上げる。
ハルムートはトビアスの胸ぐらを掴む。
破れて汚い。触りたくもないが、それどころでもなかった。
「……自分のことになると家を出るんだね」
トビアスはハルムートに視線を向ける。
そこにはなんの感情もなかった。
第四十八話は明日の12時30分頃投稿予定。
物語はクライマックスへ。
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