第46話 きみの開発には唆られないな
「へえ、ファルネリアってやっぱり綺麗だね」
八月二十八日。
ユリウス・ガルデーニエ第二王子がファルネリア領へ視察へ訪れた。
……ハルムート・ファルネリアは、緊張の面持ちで受け入れていた。
「お越しいただきありがとうございます、ユリウス王子。我がファルネリア領ではゴルフ場や劇場の建設を進めており……」
「あー、そーいう堅苦しいのはいいよ。僕はただちょっと現地を見てみたかっただけだから」
ユリウス王子は食えない笑みでにこりと笑う。
眼下にはファルネリア領最大の観光地、ペイシェ湖が広がっている。
超高級ホテルのスイートルーム。壁一面のガラス窓から外を見下ろす。
ハルムートは丁寧に頭を下げながらも、内心舌打ちをしていた。
七月の下旬、ユリウス王子がファルネリア領の視察をしたいと言ってきた。
ハルムートは訝しんだ。
なぜユリウス王子が。
あいつはエレーナたちリンドベルグについている。
今回の視察も何か裏があるのではないか。
ルイーズ、トビアスと来て、次に狙われるのはハルムートだからだ。
ユリウス王子はリンドベルグに三十億クラムの投資をしている。
定期的に偽宝石を買っているようだし、リンドベルグ陣営と考えたほうが良いだろう。
エレーナもさすがに一国の王子を簡単に動かすことはできないだろうが、あいつはザントクラーデ総合商会まで潰したのだ。
いくら「気にしすぎだ」と考えたところで安心はできなかった。
ユリウス王子にファルネリア領を視察させ、対応に瑕疵でも見つけて糾弾するか。
それとも別の目的があるのか。わからない。
ハルムートは念には念を入れ、ファルネリア邸のスタッフ総出でユリウス王子をもてなすことにした。
護衛を増やし、美味しい料理を用意し、オープンしたばかりの豪華なホテルを貸し切りにした。
スイートルームは王国内でもトップクラスの広さと美しさを誇る。
ユリウス王子の気を損ねたら首が飛ぶ。
社会的な首かもしれないし、文字通りの首かもしれない。
気を張っているのが分かるのか、ユリウス王子は眉を下げて「急にごめんね」と言ってきた。
「僕はガルデーニエ王国がもっと発展すれば良いなって思ってるんだ。ホントに。それで新しい投資先を探してるんだよ」
「……リンドベルグは投資先として不足だと?」
「あはは、きみは意外と直球だねぇ」
ユリウス王子は緑色の瞳を細める。
じろり、上から下までハルムートの姿を見て、「うん」と頷く。
ハルムートは表情に出さないようにしたものの、眉がぴくりと動いてしまった。
「座って話そうか」と、ユリウス王子は部屋のソファに座った。
優雅に、けれど威厳を持って。
ハルムートはユリウス王子の真正面に座った。
背筋を伸ばし、じっと王子の瞳を見つめる。
「きみが何を考えてるのかは分からないけど。僕は別にきみとエレーナの確執なんかどうだっていいんだ」
「……そうですか」
「そ。見てて面白いなら見てるし。ま、個人間のやりとりなら勝手にやってって感じ」
あはは、と王子は肩をすくめる。
ハルムートは「はい」と小さく答えた。
完全にエレーナの手下というわけではないかもしれないが、安心はできない。
敵でないからと言って味方とも限らないのだ。
「リンドベルグに投資をしてるのは”お金になる”からだよ。国を運営するにも”お金”がないと話にならないからね」
ユリウス王子は声を潜めて囁いた。
「……確かに、合成宝石事業は莫大な利益を生んでいるようですね」
「あ、知ってるんだね。さすが」
「土地開発をする身として、経済の動向は常に把握しています」
馬鹿な弟と違って。傲慢な妹と違って。
ハルムートは常に経済の動きを見ていた。
新聞各社との知り合いも多く、世に出回っていない情報も手に入れることができる。
ユリウス王子は「頼もしいね」と笑った。
「ファルネリア領はお金を生んでくれるかな?」
「はい、必ず。ここにファルネリアの土地開発についてまとめた資料がございます。特に劇場は国内最大規模を誇っています。他にはないラグジュアリーな空間で劇を見る、特別な体験をご提案します」
「ふーん」
「ファルネリア領は国内だけでなく、全世界で見ても有数のリゾート地になるでしょう」
ハルムートの声に力が入る。
ここ数年、投資家や起業家たちに何度も説明してきたセリフだ。
ハルムートはどこに行っても父の七光りだと言われてきた。
ちがう。俺の力は父のおかげじゃない。
俺の地位は俺自身が考え、行動してきた結果だ。
愚かな下民どもには俺の力など分からないようだが。
だから、父が成し遂げられなかった”ファルネリア領の土地開発”を成功させ、世間に認めさせたかった。
そのためならハルムートはなんだって捨ててきた。
趣味はない。恋人はすべてコネを作るためだ。
冷静に時勢を読み、利益を見極め、不要なものを捨てる。
暴言や暴力、経済的制裁。社会的地位を利用して、無数の人間を使い、切り捨てる。
そうして、ハルムートは自らの地位を築いてきた。
ユリウス王子は「すごいね」と相槌を打つ。
「劇場かぁ。僕、劇好きなんだよね。やっぱ目の前で役者さんが演じてると呑まれちゃって。うわぁ~~~って没頭して、いつの間にか終わってて……みたいな。あの瞬間って最高だよね。ハルムートくんはどう思う?」
「はい。私も劇を拝見しましたが、どれもすばらしかったです。舞台のセットも細かく、衣装も時代考証があっていて」
劇場建設のため、何回か王都やヘンネの劇場を下見した。
正直なところハルムートは劇が好きではなかった。
愚かな登場人物が愚かなすれ違いをする。その結果として愚かな結果になる。頭の足らない馬鹿の娯楽だ。
ハルムートはしらっとした瞳で舞台を見つめていた。
ステラを見つけたのは、下見の一環で王都の劇場に足を運んだ時。
劇場建設のための足がかりを欲していた。
ちょうど両親が亡くなって、”落とせる”タイミングだった。家の格も顔も知名度も良い。すべてが宣伝になる。そう思ってプロポーズをした。
……まさか、すぐに使い物にならなくなるとは想定していなかったが。
「ハルムートくんさ、ホントは劇に興味ないでしょ」
にっこり、ユリウス王子が笑う。
ハルムートは極力表情を変えずに「なぜ?」と首を傾げた。
「劇だけじゃないよ。ホントはゴルフも食事も景色も、どれにも興味ないよね」
「まさか。リゾート開発のためにも入念に調べてーー」
「そこ」
ユリウス王子はすっとハルムートを指さした。
「きみの開発は”形だけ”だね。だからかな。興味を唆られない」
ハルムートは息を呑んだ。
気づかれないように膝の上で拳を丸める。
形だけ?
いや、まさか。そんなことない。何も知らない道楽王子の戯れ言だ。
呑気に歩き回っている馬鹿王子だと聞いていたが、これほどに理解がないとは。
……だが、国内でもトップクラスに金を持つ王族が言っているという点は無視できない。
”興味を唆られない”ーーーこれが、ハルムートの事業に下された評価なのだ。
ぎり、と歯を食いしばった。
どうにかしてこの評価を覆さなければ。
投資のためにも、ユリウス王子がファルネリアに興味を持ったこのチャンスを無駄にはできない。
ハルムートはじっと呼吸を整え、すう、と鼻から息を吸う。
「なるほど。では滞在期間中、詳しくプレゼンさせていただけないでしょうか」
「いいよ。楽しみにしてる。僕は”面白いもの”が大好きなんだ」
ユリウス王子はソファから身を乗り出して、ハルムートに微笑んだ。
「僕が帰るまでに”面白いもの”を見せて。そしたらファルネリアに投資してもいいよ」
ハルムートは「承知いたしました」と、優雅に受ける。
ユリウス王子のファルネリア領滞在は三週間ほど。
すべてを見せて回り、魅力を伝えるには十分な時間だ。
やってやる。
どうにかしてユリウス王子を味方につける。
握り締める拳が、ぎりぎりと音を立てていた。
第四十七話は17時頃投稿予定。
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