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第43話 ヤツが切り捨てたものを、わたくしたちの力にする

ファルネリア領に視察に来て一週間以上が経つ。


滞在期間中、わたくしたちは様々な地を見て回った。

湖畔では豪華なホテルが建設されていた。

南西部のゴルフ場はもうすぐ完成といったところ。




今日、わたくしたちは街の中心部にある劇場の視察に来ていた。

多くの建設スタッフが重そうな木を運んでいる。

骨組みができ、完成まであと半分くらいだろうか。


「この劇場はかなり大きそうだな」


ヴィルヘルムが隣でぽつりと呟いた。

劇場を見上げて、感心するように。

半歩後ろに立つテオドールが資料を手に説明する。


「そうですね。こちらは、完成したら国内最大規模の劇場になります。王都の国立シェーンハイト劇場の二倍ほど。特別貴族席、貴族席、一般貴族席と、席によって細かくランク付けがされているのも特徴です」

「みんな貴族なのね。何が違うんだか」

「席の広さですね。特別貴族席はスイートルームを模していたり、貴族席はリクライニングシートがあったりと。その分値段が高いと予想されます」


へえ、とわたくしは冷たく相槌を打った。

「特別な方に特別な空間を」というモチーフなのだろうけど。

お兄様は本当に劇を見たことがあるのかしら。



まあ、ハルムートお兄様らしいわ、と考えていると、建設スタッフのひとりが手から材木を滑らせた。

がらん、と大きな音が響く。その場でうずくまり、はあはあと肩で呼吸する。

わたくしたちが急いで駆け寄ると、近くにいた建設スタッフが「大丈夫です」と手で制した。


「いつものことですので。すみません、お気になさらず」

「いつもって……。彼、顔色悪いわよ」

「まあ。建設現場って力仕事ですから」


眉をひそめる。そんなことが聞きたいんじゃないのだけれど。

うずくまった建設スタッフは「すみません」ばかり繰り返して立ち上がった。落とした材木を肩に背負って、作業に復帰する。


「彼、体調悪いんじゃないの」

「まあ、そうでしょうね。でも彼だけじゃないです」


え、と、わたくしはスタッフの顔を見る。

彼の目元にはクマができ、表情もやつれていた。

何かあったの、と尋ねると、彼は視線を下げてぽつりと呟いた。


「最近、物価が上がって……。あんまりご飯食べれてなくて。はは、情けないですね」

「……え?」

「でも働かないと給料が出ませんから。みんな休むわけにはいきません」


では、と彼は仕事に戻った。

わたくしは脆そうな背中を見つめ、唾を飲み込む。

じとりとした、居心地の悪さを感じていた。







「ファルネリア領の土地開発は光と闇が激しいようですね」


夜、わたくしたち三人は、ホテルの部屋で作戦会議をしていた。

テオドールが資料に目を落としながら眉をひそめ、ヴィルヘルムは強ばった表情で紅茶を飲む。


「ファルネリア領の地価はリゾート開発のおかげで上がっています。それに比例して物価も上がった。もともと住んでいた住民はその影響をもろに受けている」

「先ほどの建設スタッフたちよね、きっと」

「おそらく。賃金は据え置きでしょう。それに、ファルネリアの土地開発が進んだとして、その恩恵を受けるのは貴族階級。小さな商店や一般の労働者は除外されています」


ヴィルヘルムは悔しそうに眉を寄せる。心を痛めているのだろう。

リンドベルグの開発でも、ヴィルヘルムは領民たちの生活を一番に考えていた。


「ゴルフ場の建設では住民の立ち退きも起きているようです。行き場を失った住人は、アパートを借りて安い賃金で建設業などに従事しているみたいですね」

「じゃあ、さっきの彼も?」

「そうかもしれません。見る限り正当な立ち退き料をもらったとも思えませんが」




庶民を安い金で使い倒し、貴族のためのリゾート地を作る。

それがファルネリア領の土地開発の実態だった。




「まあ、あのお兄様のことならこんなことだろうと思っていたけれど。こんなに露骨にやってるとはね」

「領民をなんだと思っているんだ。彼らは奴隷じゃないんだぞ」

「……ハルムートからすれば、いない存在なんでしょう」


わたくしはカップを片手に、はぁ、とため息を吐いた。


「金を落とさないものは見えない。ハルムートの立場は一貫しているわ」

「……しかし、彼らは現に生活している。数だって無視できないはずだ」

「ええ。ガルデーニエ王国の99パーセントは一般庶民だけれど」


ヴィルヘルムが、ぎり、と歯を食いしばる。

心優しい正義の領主からすれば悔しいのでしょう。


でも、正論だけじゃ勝てない。




「わたくしたちは今、百人から百万クラムをもらうのと、百万人から百クラムをもらう方法で戦っている。百万人を救うには、百万人から百クラムをもらう方法で勝たなければならない」





庶民百万人をターゲットにした土地開発でハルムートに勝つ。

そうしなければ、庶民百万人は存在しないものになってしまう。


ハルムートが切り捨てた彼らは、わたくしたちの力になる。

彼らは確実に生きているのだから。





「……エレーナは頼もしいな」


ヴィルヘルムは微笑んだ。

暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる。

静かな部屋の中、わたくしたちは覚悟を決めた。







すると、静かな中、コンコン、とノックの音が響いた。けっこう遅い時間なのに。

どうしたのかしら、と扉を開ける。

立っていたのはマティアスだった。


「マティアス、どうしたの」

「エレーナ様、ええと、ええと……その」


マティアスは慌てた様子だった。うまく言葉が浮かばないようだ。

ええと、とばかり繰り返して、視線をキョロキョロ動かしている。落ち着かない。


テオドールが部屋に招き入れようとすると、「すみません、この方も……」と、背後に隠れていたひとをおずおずと示した。

シンプルなワンピース。

深々とストールを被って顔は見えない。女性だ。


「どなた?」


みながちらりと視線を向ける。

女性は細い手できゅっとストールを握った。

マティアスは声を潜めて、そっと呟く。他の誰にも聞こえないように。



「ステラ・ファルネリアさんです。秘密の話があるとのことで、お連れしました」



第四十四話は明日の12時10分頃投稿予定。

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