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第40話 妻は夫の所有物じゃなくてよ

翌日から作戦会議が始まった。

わたくしの部屋にヴィルヘルムとテオドール、そしてマティアスを呼び出した。


部屋の中央でソファに座る。

テーブルの上はマティアスが用意した資料と複数の新聞で埋まっていた。

ギリギリのスペースに辛うじて紅茶のソーサーが置かれている。



「マティアス、劇場建設計画について詳しく教えてくださる?」


わたくしが尋ねると、マティアスは「はい!」と元気の良い返事をした。


「ただいま、国民の間で空前の小説ブームが起きているのはご存じでしょうか?」

「いえ、あまり」

「なんともったいない! とっても面白いんですよ! ……こほん、失礼しました。ええと、俺はリンドベルグだけでなく、王都やそのほかの中心都市にも足を運びました。すると、貴族も庶民も年齢も性別も関係なく、みな小説に熱中しているのが分かりました」

「へえ。あ、わたくしも王都で見たわね。本屋さんで面白い広告を打ってたわ」

「そう! それです。そして、今とっても来ているのが”ざまあ”ものです!」


ビシッ!とマティアスが資料を指さす。

書店の売り上げランキングだ。

二位のラブストーリーを大きく離して”ざまあ”という文字が一位にランクインしている。


「”ざまあ”?」

「端的に言えば復讐ものです。『ムカつく貴族をギャフンと言い負かす』みたいな」

「ざまあみろってことね。面白いわ。読んでみようかしら」


単純に興味が湧いた。

マティアスにいくつかオススメの小説を教えてもらう。



「そして! ここからが本題なのですが、実は小説を読める庶民はそれほど多くないのです」

「識字率の問題もありますものね」

「しかしっ! この”ざまあ”もの、人気の中心はその庶民なのです。日々不当に扱われている庶民が、スカッとしたくて”ざまあ”を求めている」


マティアスは両手を広げ、勢いよく叫ぶ。すごい熱量ね。


「そこで劇場です! 文字が読めなくとも、目の前で人が演じ、スカッとする様が見られたらどうでしょう!」

「……なるほど」

「ガルデーニエ王国には現在、”劇場”といえば貴族向けのものしかありません。チケット価格も高く、扱う内容も古典ばかり。で・す・が! 大衆が喜ぶ劇を、大衆も見られる劇場でやれば! いままで”劇”を知らなかった庶民がこぞって押し寄せます!」




ーーーリンドベルグに庶民向けの劇場を作る。




わたくしはマティアスの作成した資料に目を落とした。

庶民向けなのでチケット価格は安め。

代わりに”劇場”と聞いてイメージする高級感のある施設ではなく、簡単な骨組みで作った舞台だ。

建設費用は安価だろう。あくまで劇の内容で勝負するということか。


小説が読めない庶民も、劇なら楽しめる。

刺激に飢えた庶民が押し寄せればかなりの収益になるはずだ。



「すばらしいわ。では建設に進みましょう。ヴィル様、建設業者を紹介してもらえるかしら。場所なども相談したいわ」

「わかった」

「マティアス、あなたには劇を任せるわ。ストーリー、演出、キャスト。そのあたり、まとめてくださる?」

「は、はいっ!!!」


マティアスは「くぅっ!」と感極まって目頭を押さえている。よほど嬉しいらしい。

わたくしは一口紅茶を飲む。口の中が妙に渇く。

やはり大きな判断をするのは緊張するわね。


建設費用は安価とはいえ、そんなポンポン出せる額じゃない。失敗すれば多額の借金が残る。

しっかりリターンがあるようにしなければ。


そのためには、大衆の心を掴める劇にしなければならない。






「実は劇でやりたいお話があって! あとあと、できれば主役はあのステラさんにお願いしたくて……」


マティアスは照れ照れと早口で喋る。

うん、嬉しいのは分かるのだけれど、一般人にも分かるようにしてほしいわ。マニアックすぎてついていけなくてよ。


「……ステラさん?」

「あ、ヴィルヘルム様、ご存じないですか? 超絶美人の女優さんですよ! 演劇界ではもう大人気過ぎて、彼女の肖像画が掲げられるだけで劇場が埋まっちゃうくらい。俺、初めて拝見した時は心臓止まるかと思いました」

「いや……」


その時を思い出したのか、マティアスは顔をへらへらと緩ませる。大ファンなんだろう。

ヴィルヘルムが気まずそうにわたくしにちらりと視線を向ける。

何かしら、と首を傾げていると、恐る恐ると言った様子で新聞を見せた。

一同みな、新聞の記事を覗き込む。




『大人気女優、ステラ・フォン・アーデルシュタイン。若き有力貴族、ハルムート・ファルネリアと結婚!』

「………………は?」




マティアスは固まってしまった。

一同、ちらりと視線を交わし合って、「ご愁傷様」と呟く。




わたくしは記事を読んだ。


大人気女優のステラがハルムートとの結婚を発表した。

ハルムートからの熱烈なアタックに感激して、ステラは結婚を受け入れたようだ。

ステラはファルネリア家当主の妻となる。


……あのハルムートが熱烈なアタック? 

首を傾げた。全然想像つかないけど。

まあ、こういう記事ってなんとでも書くことができますものね。

おそらく「ふたりの結婚は幸せなものですよ」っていうアピールでしょう。




何でこんな時にーーと考え込むと、テオドールが「ああ」と呟いた。


「ただいま南のファルネリア領でも劇場の建設が進められています。こちらは貴族向けの劇場ですが。人気女優・ステラとの結婚を発表して、”ファルネリア領には劇場がある”と知らしめることが目的でしょう」

「……なるほどね」

「妻にすれば自分の劇場に立たせることも簡単ですし、逆に他の劇場を断らせることもできる。演劇界の客を独占しようというのが透けて見えますね」


はー、とわたくしはため息を吐いた。

なんだかなぁ、それってファンが喜ぶのかしら。


自分の結婚すら事業の手駒にするなんてーーーと、まあ、わたくしが言えた義理ではないわね。

わたくしもリンドベルグに来る時はそうしたのだし。

つくづく似た思考回路で嫌になるわ。






マティアスはがくりと項垂れ、涙目になっていた。

テーブルに頭を乗せ、「ステラ、おれのステラ……」とぶつぶつ言っている。

恐ろしくてよ。ていうか、あんた結婚して子供もいるじゃないのよ。


「……どうする、エレーナ」


ヴィルヘルムが心配そうな表情でわたくしを見る。

リンドベルグの劇場建設は大衆の人気を得られるかに懸かっている。

大人気女優のステラは押さえておきたいところだが、ハルムートに先手をとられてしまった。




ーーーいや? むしろ、これはチャンスじゃない?




「マティアス、あなた。そのやりたい劇にステラさんはどうしても外せないのね?」

「はい……。俺の中のビビッと感が、ステラさんって言ってました……。ステラさんじゃないと……」

「じゃあステラさんにお願いに行きましょう」


マティアスははっと顔を上げた。

「だ、大丈夫なんですか?」と、心配そうに続けて。

わたくしはにこりと微笑む。


「妻は夫の所有物じゃなくてよ。どの劇に出るか決めるのは彼女ですわ」

「で、でも……ステラさんにどうやって頼めば……」

「そんなの、会いにいくしかないでしょう」


一同が息を呑んだ。視線がズバッと刺さる。

わたくしは背筋を伸ばして、向き直った。



「ファルネリア領に行くわよ」



そして、うまくいけば。

ハルムートを破滅させる鍵がそこに眠っている。

第四十一話は18時30分頃投稿予定。

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