第39話 ”感動”に勝る広告はないわ
「まずいことになったわねぇ」
わたくしは急いでテオドールを部屋に呼んだ。
わたくしの部屋には、ヴィルヘルムとアルマ、そして呼び出されたテオドールがいる。
緊急会議だ。テーブルにはヴィルヘルムが持ってきた新聞。
『偽ダイヤの女王、エレーナ・リンドベルグ。王都で愛のスキャンダル!? お相手は美麗の執事様』
ゴシップ記事だ。内容はわたくしとテオドールの熱愛報道。
王都の小さな家でふたりきり、夫に内緒で愛を育んだという内容だ。
わたくしたちの似顔絵も載っているし、ご丁寧に近所の人の「お似合いだと思っていたけれど、まさかエレーナ様だとは…」というインタビューもある。
……いやいや、事実無根も甚だしい。
これは対トビアス戦でザントクラーデの社員をスカウトしていた時のことだろう。
わたくしはバーで下働きし、ザントクラーデの社員の情報を得ていた。テオドールはトビアスの懐柔をしていた。
だからまあ、王都の小さな家でふたりきり…というのは、傍目から見たらそうかもしれないけれど。
もちろん部屋は分けていたし、そもそもテオドールよ? ないわ~~~。
というのが伝わったのか、ここにいる全員とも記事を信じていない。
「テオドール(さん)だけはナイだろ(ですよね)」というのが顔に書かれている。
「エレーナ様との熱愛だなんて恐れ多いです」
「こちらの台詞ですわ」
当のテオドールはしらっとしている。
うん、頼もしいわね。いや、なんか、うん……。まあいいんだけど。
ホントにコイツって人の心ないわね。
「今日付の新聞に載っていた。確認しただけで三社の新聞とゴシップ雑誌に載っている。明日以降も増えるかもしれない」
ヴィルヘルムは焦った様子で口を開く。
わたくしは、はぁ、と口の中でため息を吐いた。
重々しい空気が部屋の中にじわっと広がる。
「え、でも、こんな記事、嘘ですよね? 否定すればいいのでは…。そんなにまずいんですか?」
アルマが首を傾げる。
ヴィルヘルムたちが思ったより焦っているのを見て、不安で落ち着かないようだ。
わたくしは乾いた唇を舐めて、そっと口を開いた。
「結構まずいわ。わたくしは先ほど、”どちらがより多くの企業を呼び込めるか”の勝負って言ったわよね」
「あ、はい!」
「このスキャンダルはわたくしへの信頼を損ねる。”夫がいるのに使用人と熱愛に走るだなんて、これから先問題を起こしかねない”って思われてもおかしくない」
アルマはショックを受けて息を呑む。
そもそもわたくしとヴィルヘルムは結婚していないし、テオドールとの熱愛もないけれど。
”新進気鋭の女社長が、王都で使用人と不倫していた”と受け取られるのが問題なのだ。
保守的な企業は反感を抱くし、慎重な企業は足踏みをする。
その様子を見てリンドベルグに興味を持っていた投資家たちも渋るようになる。
より多くの人間に「リンドベルグに投資をするのはリスクが高い」と思わせることが、この記事の目的なのだ。
「先ほど、俺のところに街の人から問い合わせが来た。訂正したが、どこまで信じてもらえるかは分からない」
「本当かどうかなんてどうだっていいのよ」
そう、この記事が真実かどうかなんてどうだっていいのだ。
偽ダイヤで本物の宝石の価値を落としたように。
ハルムートは同じことをわたくしにしている。
「やってくれたわねぇ、ハルムートの野郎」
「……やはり、ハルムートか」
「そうよ。タイミングもバッチリ。それに、ザントクラーデ総合商会の倒産なんて重大な記事が一切出てないのも面白いわ。アイツが新聞社に手を回して記事を書かせたのよ」
ハルムートが手を回したと考えれば、全ての辻褄が合う。
大企業ザントクラーデの倒産は一大ニュースになっていてもおかしくない。
けれど、しばらく経っても出版社は一切報じていなかった。
代わりに出てきたのがわたくしのゴシップ記事。
ザントクラーデを吸収したわたくしの勢いを削ぐため、かつ、トビアスという無能な弟の失態から目を逸らさせるため。
書かれている”エレーナ・リンドベルグ”という名前も証拠の一つだ。
わたくしはまだ籍を入れてないから”ファルネリア”だけれど、イメージが悪くなるから”リンドベルグ”にしたのだろう。
”ファルネリア”の名前が出て一番困るのは、ハルムート・ファルネリアなのだから。
「信用回復には時間がかかる。このまま新聞を牛耳られたら後手に回ることになるな…」
ヴィルヘルムは眉根を寄せている。
投資家との接点を持つのはヴィルヘルムだ。肌感覚として危機感を感じているのだろう。
「テオドール、この、”エレーナ・リンドベルグ”と記載のある記事が載っている出版社をリストアップしてくださる?」
「承知いたしました。結構な数になりそうですね」
「……ええ。そうね」
確認しているだけでも三社から出ている。
ハルムートは新聞各社に影響力を持っているというアピールだろう。
新聞を握られたらかなりの打撃だ。
この勝負は"どちらの土地がより魅力的か"を宣伝できるかにかかっているのだから。
新聞広告が打てなくなる。
それだけでなく、ハルムートに都合のいい記事ばかり書かれたら、リンドベルグの信用はなくなる。
リンドベルグは国中に情報を伝える媒体を持っていない。情報を訂正するのは困難だ。
次第に人々はリンドベルグへの興味を失い、ファルネリアに企業が集まる……という筋書きをハルムートは描いているのだろう。
実際、そうなる可能性は高い。
……それにしても、この記事を書かせるってことは。
ハルムートはわたくしたちを長い間観察していたということ。
つまり、ザントクラーデ総合商会が倒産する過程を知っていたということだ。
トビアスが失敗することを知っていて、切り捨てたのだ。
自分の土地開発の切り札にするために。
うーん、と腕を組んでうなった。
ハルムート、あいつ。容赦ないわね。
冷徹で合理的。かつ、各業界にコネクションも持っている。
やられたらイヤなことを的確にしてくる。最悪な野郎だ。
だが。
……そういうヤツを倒すのが醍醐味でしてよ。
「エレーナ様、エレーナ様! 聞いてください!」
ばぁん! とすごい勢いで部屋の扉が開いた。
一同はぎょっとして入ってきた人物を見る。
入ってきたのはマティアスだった。
ザントクラーデから一番に引き抜いてきた、やる気溢れる営業マン。
リンドベルグ・ジェムテック社に入ってからも、様々な企画を立てて活躍していると聞いている。
「どうしたの、マティアス」
「リンドベルグに劇場を作りましょう!」
「……劇場?」
ちょっと今それどころじゃないんだけど……と、少しだけ疲れてしまった。
が、マティアスは瞳を輝かせて鼻息を荒くしている。この部屋の陰鬱な空気に気づいていない。
うう、この勢いは無視できないわね。とりあえず聞くだけ聞くか。
「絶対作るべきです! いま国中で大人気なんですよ! 庶民をターゲットにしたら絶対売れます!」
「わかった、わかった。落ちついて」
「まだ庶民向けの劇場は他にどこにもありません! リンドベルグの発展には欠かせないでしょう!」
マティアスは企画書をバーンと出して、勢いよくまくし立てた。
そばで聞いている一同はぽかんとした。
楽しそうに身振り手振りとマティアスが話すのに呑まれている。
ーーーー劇場、か。
わたくしはにやっと笑った。
その悪人顔に、マティアスは一瞬止まった。
「エレーナ様?」
「よくやったわ、マティアス。最高よアナタ」
「あ、ど、どうも……。ええと、なにがです?」
「その事業、絶対成功させましょう」
マティアスは「え? や、やったぁ? ありがとうございます?」と喜ぶも、若干肩透かしだったようだ。困惑が勝っている。
ヴィルヘルムはわたくしを見て、「ゴシップ記事は大丈夫か?」と尋ねた。
「大丈夫にするのよ。劇場があるならなんとかなるわ」
「……そうなのか?」
ヴィルヘルムは心配そうに眉を下げる。
アルマもテオドールも、そして当の本人のマティアスも首を傾げている。
わたくしはにっこりと微笑んだ。
「”感動”に勝る広告はないわ。国中を”感動”に包み込むのよ」
第四十話は明日の12時40分頃投稿予定。
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