第38話 ヤツには致命的な欠点がある
「やっぱりリンドベルグはいいわねぇ」
わたくしは紅茶を飲みながらふふっと笑った。
リンドベルグ邸の私室。窓から差し込むぽかぽかした太陽が気持ちいい。
柔らかいソファに座って、わたくしは久しぶりのお休みを楽しんでいた。
「エレーナ様、そういえばユリウス王子からお菓子をいただいているんです。お持ちしますか?」
「まあ、いいわね! アルマも一緒に食べましょう」
「はい!」
アルマはぱあっと笑って、ぱたぱたと部屋を出た。
それにしてもユリウス王子からお菓子とは。
もうリンドベルグは王室とも深い繋がりができているようね。駅が建設されてから、しょっちゅう来てるみたいだし。
ちらりと窓の外に目をやる。
大きな通りにおしゃれなお店が並んでいる。
合成宝石の工場ができ、駅ができ、商業施設ができて、領外からも人が集まっている。
リンドベルグは北部の重要拠点になった。
(まさか、数年でここまで来るとはね)
合成宝石の人気は国内規模で高まっていた。
貴族だけでなく庶民にも徐々に浸透している。
「ちょっと頑張ったご褒美」として街で働く女の子たちに大人気だった。
王都では合成宝石の人気を耳にしてニヤニヤしていたものだ。
対ハルムート戦を考えれば、いまはとっても順調。
わたくしは街を見下ろしニヤリと笑う。
あのクソ野郎の吠え面を見られるのももう少しね。
「エレーナ様?」
「え? あ、ああ、アルマ。おかえり」
「あ、はい……。なんだか不敵な笑みをしていましたけど」
「なんでもないわ」
やばいやばい。
純粋なアルマにこんな悪魔みたいな笑みは見せられないわ。
とは言いつつ、まあ、何度か見せちゃった気がするけど。
アルマはテーブルにおしゃれなお菓子を置いた。
クッキーやフィナンシェ。一目で高そうだなって分かるやつ。
クッキーをひとつかじる。
うん、やっぱ美味しい。バターたっぷりで質が良い。さすが王族のお菓子だわ。
「アルマも食べなさい」というと、アルマは「はいっ!!」と元気な返事でクッキーを食べた。
「それにしてもすごいですね。まさか、ほんとにザントクラーデ総合商会を倒しちゃうなんて…」
「ふふ、まあね。トビアスじゃなかったらできなかったわ」
「エレーナ様の計画も順調ですね!」
ええ、と微笑みながら返した。
ルイーズ、トビアスと、順調に破滅させられている。
あと一息だわ。
「最後のお兄様はどうやって倒すんですか?」
「ああ、ハルムートが相続したのは南部にあるファルネリア領なのだけれど」
「ええっ! すっごいリゾート地じゃないですか……!? アルマも聞いたことありますよ。景色が綺麗で、貴族の皆様がパーティーを開く場所だって……」
「その通りよ」
ファルネリア領はガルデーニエ王国・南部の重要拠点だ。
温暖な気候で果物もよく採れる。貴族が旅行で訪れるリゾート地として人気だ。
土地の値段は国内でも最高水準。
この値段は開発された今のリンドベルグでも十倍以上の差があった。
一方リンドベルグは、土地開発されたのはここ数年。
そもそも冬は雪が深く、王都から距離がある。
長年の「あんな辺鄙なとこ」というイメージは簡単には払拭できない。
駅ができ、街ができ、人が集まっても、まだまだファルネリア領とは雲泥の差がある。
でも、今なら狙える。
「ファルネリア領の土地の価値を破壊する」
「……え? ど、どうやって……? ま、街ですよ?」
「できるわ」
アルマは、うーん? と首を傾げている。
わたくしは部屋にあった地図を指差し、説明する。
「今、ファルネリア領は領主のハルムートを中心に都市開発が進められているの」
「土地開発ですか……」
「聞いている限りではゴルフ場、ホテル、劇場の建設が行われているわ」
ほぇー、とアルマは相槌を打つ。あんまりピンと来てはいなさそうだ。
ゴルフなんて庶民はやらないものね。旅行だって行かないし。
「ファルネリア領って昔っからすごい人気なのに、なんでわざわざ開発するんですか?」
「ファルネリア領は基本的に”別荘地”だから、あまり人が定住する土地じゃないの。それだとあんまり税金もとれないのよ。ハルムートからすれば収入が減る」
「なるほど。夏や冬のお休みの時だけじゃなくて、ずっとファルネリア領にいてほしいってことですね!」
「そう。さすがよ、アルマ」
アルマはえへへ、と笑った。
うん、よしよし。やっぱり賢いわね、この子。
「ハルムートはたくさんの人にファルネリア領に住んでほしい。そのためには、たくさんの人に興味を持ってほしい。だから”他にはない特別なリゾート地”としてのブランドを確立して、注目を集めようとしているの」
「へえ~! すごいですね、ハルムートさん! ……え、で、でも、エレーナ様はそれを、倒すんですか!?」
「そうよ」
現状が理解できたアルマは、ぱっと輝かせた瞳を、また泣きそうに歪めた。表情が忙しいわね。
わたくしはひとくち紅茶を飲む。
豊かな茶葉の香りが喉を通った。
「いま、ヤツは都市開発で多額の投資…つまりは借金をしている。そのリターンが来るのはだいぶ先、都市開発がされたあと。自分の土地に企業を呼び込んで、人々にお金を落としてもらったあとなの」
「ほ、ほう……」
「逆に言えば、人々にお金を使ってもらえなければ借金だけが残る。ゴルフ場やホテルを作っても、誰も来なかったら意味ないのよ」
「た、たしかに……」
アルマは、ひぇー、と少し怯えたように震える。
借金と聞いて慄いているようだ。
「いま、リンドベルグでも同じように都市開発をしているわ」
「……えっ!? 旦那様も借金を!?」
「そうよ。合成宝石を作ったり運んだりするために、借金をして工場や道路を作ってる。けど、合成宝石が売れるからお金を返せるし、そのお金でまた工場を増やすこともできる」
「あ、そっか。リターンってそういうことなんですね。ちゃんと売れれば大丈夫なのか……」
アルマはほっと胸を撫で下ろした。
合成宝石の工場はアルマもよく知っているし、イメージつきやすいのだろう。
「だから、ハルムートを破滅させるには、ヤツの都市開発を失敗させればいい」
「……えっ!? ど、どうやって…!?」
わたくしは地図を一瞥する。
南部に広がる広大な土地、ファルネリア領。
「ファルネリア領に誘致される企業を全て、リンドベルグに集める。それでヤツの投資を回収できなくさせる」
「……で、できるんですか?」
「いまのリンドベルグならね。ファルネリアに比べて土地の値段も安いし、王都を結ぶ線路もある。土台はできている。現に、リンドベルグには今もたくさん人が来てるでしょう?」
駅前の発展はリンドベルグの土地が安いから可能だった。
庶民でも土地を借り、商売を始められる。
そしてそのお店の人気を聞きつけ、人が集まり、商店街が広がっている。
アルマはぱあっと瞳を輝かせた。
「そっか! じゃあ、国中の企業がリンドベルグに来れば勝てるってことですね!」
「そうね、理想では。……まあ、ハルムートも黙ってないでしょうけど」
わたくしは乾いた唇を舐める。
"ファルネリア家の三兄弟に復讐する"と、わたくしはパーティーで宣言した。
ルイーズ、トビアスときて、次に狙われるのは自分だと理解しているだろう。
ヤツは警戒心が高い。タダでやられるようなヤツじゃない。
当然ハルムートもわたくしの意図が分かっている。
リンドベルグの都市開発を潰しに来るはずだ。
「ファルネリア領とリンドベルグで"どちらがより多くの企業を呼び込めるか”の勝負になるわ」
わたくしは地図を睨む。
この都市開発勝負は"宣伝戦略"の勝負になる。
リンドベルグの魅力を国中に伝える。
そして、ファルネリアに行くひとも企業も全部奪って、ヤツが相続した土地の価値を破壊する。
ファルネリアの土地を空っぽにしてあげるわ。
「……あの、ファルネリア領って昔から人気の街なのに、リンドベルグが勝てるんですか?」
アルマは心配そうに呟く。小声で、眉を寄せながら。
借金が残るとか、怖いイメージがついてしまったようね。
わたくしはカップをソーサーに置いた。ふう、と一息ついて、ゆっくりと口を開く。
「大丈夫よ」
「……エレーナ様」
「いまのリンドベルグなら勝てる。それに、ハルムートには致命的な欠点がある」
ーーーヤツの、冷徹で合理的な性格だ。
それがそのまま、ヤツの首を絞めるだろう。
「わたくしは絶対に負けない」
そう言い切ると、アルマは唇をキュッと噛む。
そして、またにこっと笑った。
「エレーナ様が言うなら、絶対勝てます! アルマは、エレーナ様を信じています!」
その笑顔には絶対的な信頼が見えた。
わたくしは胸の奥が暖かくなった。
心の片隅では不安を感じていたところもあるけれど、でもーーー。
この子たちのためにも、わたくしは勝たなければならない。
「さてと。じゃあ、次の一手を考えないとーーーー」
「エレーナ、今いいか」
話し込んでいたところ、ヴィルヘルムがやや焦った様子で部屋に入ってきた。
わたくしたちはきょとんとした顔で扉の方に顔を向ける。
ヴィルヘルムは険しい表情で眉根を寄せていた。手には新聞。
なにかトラブルか、と席を立つと、ヴィルヘルムは声を落として告げた。
「エレーナのゴシップ記事が出ている」
は、とわたくしは目を丸くした。
ヴィルヘルムが手にしている新聞を見せてくれた。
『偽ダイヤの女王、エレーナ・リンドベルグ。王都で愛のスキャンダル!? お相手は美麗の執事様』
「は???」
第三十九話は18時20分頃投稿予定。
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