第37話 家族じゃ、ない?
トビアス・ファルネリアは走っていた。
ザントクラーデ総合商会が倒産した。
社長である自分は、多額の負債を返還しなければならない。
その日から、破産手続きをする日々が始まった。
弁護士の話はよく分からなかった。冷たくて難しくて専門用語が多い。
わからないままサインをしようとすると、弁護士が怒る。癇癪を起こしても逃がしてくれなかった。
わかるのは、ザントクラーデの負債はかなりの金額になるということ。トビアスの財産を全て投げ打っても返せそうにないこと。それだけだ。
隙を見て、家を飛び出した。
会社はもう差し押さえられて入れない。
テオ、テオはいるだろうか。会いたい。
テオに聞いて、大丈夫ですよって言ってほしい。
走って、通い慣れた裏路地へ行く。
バー・クレーエ。古びた外観だがおしゃれで、気の利いた意匠が施されている。
家よりも落ち着く場所。
けれど、テオのいたバーはなくなっていた。
店の前で立ち尽くすも、明かりも看板もない。窓の外から見える店内には何もない。
必死に扉を叩いても、なにも反応がなかった。
街ゆく人に、「ここのバーはどうなった」と尋ねた。
焦って、息を切らしていたからか、あたりの人々は心配しながらなだめた。
ちらちらと視線を合わせ、首を傾げる。
「こんなとこにバーなんかなかったはずだけど」
このあたりに住むという男は、不思議そうに呟いた。
トビアスは急いで馬車を出した。
何故か知らないがテオはいなくなった。バーがなかったというのはよく分からない。きっとあの男の勘違いだ。
もしかしたらテオは地元に帰ったのかもしれない。すれ違っただけだ。タイミングが悪かっただけだ。俺を捨てたんじゃない。
でも、じゃあ、どうしよう。自分だけじゃ何もできない。
焦って、泣きたくて、泣いて、打ちひしがれた先に思いついたのが、兄のハルムートだった。
トビアスはハルムートが苦手だった。
いつも難しそうな本を読んでるし、話しかけるとイヤそうな顔をされる。適当にあしらわれたことも無数にある。
けれど、なんだかんだ兄の賢いところは尊敬している。
進学の時も、父が死んだ時も、相続会議の時も、兄は助けてくれた。
俺たちは家族だ。ファルネリア家の一員だ。
兄さんならこの負債も全部なんとかしてくれる。
そう願って、ハルムートが住む家を訪れた。馬車にかなりの時間揺られた。
いま、ハルムートは王都にある実家ではなく、南にあるファルネリア領に住んでいた。
数年前に豪邸を建てたのだ。トビアスは初めて訪れる。
朝出発し、夜に到着した。
あたりは静まりかえり、月明かりが細く街路を照らす。
兄の邸宅はすばらしく大きく、立派だった。
敷地をぐるりと塀が囲む。奇妙な威圧感がある。
すごい、と怖い、が同時に押し寄せて、トビアスはひるんだ。
ごくりと唾を飲み込んで、門番に声をかける。
「トビアス・ファルネリアだ。ハルムート兄さんの弟。兄さんに会いたい」
「……トビアス様?」
「ああ、そうだ。早くしろ。はやくしてくれっ!」
涙でぐちゃぐちゃになりながら、トビアスは門番にすがりついた。
もう外面なんか気にしていられる段階ではない。
「大変申し訳ないのですが、ハルムート様からお通ししないようにと仰せつかっております」
けれど、門番はぴしゃりと言い放った。
ーーーは?
「な、なんで!? なんでだよ。俺は弟だぞ。聞いてこいよ。今すぐ、兄さんに!」
「すみません。ハルムート様より”トビアス・ファルネリアを名乗る者が来たら、家の中に入れるな”と」
「はあっ!?」
意味が分からない。
どうして。
門番の胸ぐらを掴み、怒鳴った。
俺は弟だぞ、間違ってる、ちゃんと聞いてこい、と何度も繰り返した。
あたりを警備していた守衛が駆けつけ、トビアスを押さえつけた。冷たい地面に押しつけられながら、トビアスは「兄さんを出せ!」と叫んだ。あたりは騒然とする。
しばらくして、家の中から執事が現れた。
「トビアス様。ハルムート様より伝言を仰せつかっております」
「兄さん!? やっぱりいるんだな。なあ、おい、なんて」
「”一年前に家族関係放棄証明を結んだため、トビアスを扶養する義務はない”とのことです」
「……は?」
こいつは何を言ってるんだ。
家族関係放棄証明? 聞いたこともない。
それぞれの単語の意味は分かる。
家族関係を放棄する。
つまり、家族を辞めるってことだ。
ーーーーえ?
「こちらが控えです。トビアス様のサインもありますよ」
トビアスの目の前に、『家族関係放棄証書』と書かれた書類が示された。
白い紙に格式高い様子で書かれている。日付は一年前。
ハルムートのサインと、なぜだかトビアスのサインもある。自分の筆跡だ。
いつサインした。覚えてない。
けど、会社で忙しかった時に、適当にサインした中の一つだと言われれば、否定できない。
でも、こんなのトビアスが作るわけがない。作成したのは、兄のハルムートだ。
では、なぜ。どうして。
「に、にいさんは……」
「ハルムート様のご意向により、トビアス様を屋敷に入れないよう仰せつかっております。申し訳ないのですが、お帰りください」
執事が深々と頭を下げる。
トビアスは頭が真っ白になった。
家族じゃない? そんな証明がある? どうして?
ずっと同じ家で育ってきたじゃないか。同じご飯を食べて、小さい頃から、ずっと。
仲良しではなかったかもしれないけれど。
困った時は助けてくれた。ルイーズ姉さんの時だって家族会議をして、それで。
……家族じゃ、ない?
トビアスは全身の力が抜けた。
意味が分からなくて、頭が回らなくて、呆然と地面に倒れ込んだ。
守衛たちがトビアスを引きずる。
冷たく整備された石畳。寒い。砂利で擦れて痛い。けど、もうその感触もなかった。
屋敷の外まで移動させられ、そのまま手を離された。
どさり、重力に従って道路に落ちる。
門番ががしゃん、と重い扉を閉めた。
トビアスは、ただ道に転がって、立派な豪邸を見上げた。
暖かい光が窓から漏れる。守衛たちの声が聞こえる。なにか喋っている。
三階の窓のカーテンが動いた。
トビアスが視線を向けると、ハルムートがいた。
ハルムートは窓際のデスクで仕事をしていたのかもしれない。ちらりと窓の外に目をやる。
目が合った。
けれど、そのまま、ハルムートはカーテンを閉めた。
トビアスは、暗い道の真ん中で、ひとり、取り残されていた。
第三十八話は明日の12時30分頃投稿予定。
次回より、vsラスボス・ハルムート編突入。
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