第36話 おかえりなさい、エレーナ様
「おかえりなさい、エレーナ様!」
リンドベルグ駅に到着した途端、アルマがぱあっと顔を輝かせて迎えた。
わたくしはアルマの顔を見た途端、道中の疲れが一気に吹き飛んだ。
「荷物、お持ちします!」と、手にしていたスーツケースをアルマが受け取る。
三年ぶりの帰還だった。
わたくしはザントクラーデ総合商会の社員の引き抜きのため、三年ほど王都で暮らしていた。長かったわ。
テオドールのバーで働きながらザントクラーデの社員に近づき、情報を得る。
スカウトし、トビアスの動向を探り、弁護士に相談する。そして、ヤツを潰すきっかけを掴んだ。
ザントクラーデの社員は千人以上。
それぞれのメンバーの状況を聞いてスカウトするのは骨が折れましたわ。
表情筋が限界でしてよ。
でも、おかげでみな納得のいく転職ができたみたい。
わたくしのもとで働きたいと言ってくれる方々には報いたくなるわね。
「アルマ、わたくしがいない間は大丈夫だった?」
「さみしかったです! でもでもっ! エレーナ様も王都で頑張ってるんだと思うと頑張れました!」
「そ、そう。わたくしも寂しかったわ」
いや、トラブル的なのを聞きたかったのですけれど…。
まあこの分なら大きなトラブルはなさそうね。
アルマは「えへへ」と笑いながら道を歩く。
わたくしの半歩前をスキップするように歩く姿はやはり小型犬みたいだった。
久しぶりの散歩!嬉しい!みたいな。
なんだか肩の力が抜けるわね。
「あ、そうだ! この近くにカフェができたんですよ! アルマ、初めてコーヒーを飲みました!」
「まあ、いいわね。美味しかった?」
「…………えへへ」
アルマは苦笑いした。
あんまり美味しくなかったようね。確かに苦いものね。
「アルマにはちょっと早かったです」と眉を下げて笑った。
「じゃあ次はケーキと合わせてみましょう」と言うと、アルマはぱあっと瞳を輝かせた。
うん、やっぱりコーヒーにはケーキよね。
アルマは甘い物が好きだし、今度そのカフェに連れていってもらおう。
リンドベルグの合成宝石事業は軌道に乗っていた。
おかげで、久しぶりのリンドベルグはかなり様変わりしていた。
ぱっと見て違うのは、駅ができた。
王都とリンドベルグを繋ぎ、北部の交通網はかなり整備された。
ユリウス王子が頑張ってくれたようだ。
馬車では片道一ヶ月かかるのに、汽車ではたったの四日。
初めてリンドベルグに来た時なんてガタガタの道と揺れのひどい馬車で辛かったのに。
いまでは汽車で快適よ。
駅前を中心に商店街ができ、お店も増え、人口も増えた。
ザントクラーデの社員だけでなく、彼らの家族たちも合わせて引っ越してきた。
さらには働き口を探して遠くの地からやってきた労働者もいる。
あの山ばかりの田舎が、こんなに一気に変わるのね。
改めて駅からリンドベルグ邸への道を振り返り、ほう、と息を吐く。
もう夕方なのに、街にはまだひとがいる。
楽しそうに買い物をする主婦や、学校帰りの学生たち。
タイムセールの呼び込みをする声も聞こえる。
活気が活気を呼んでいる。
領民たちも合成宝石事業のおかげで貧しい生活から抜け出せている。
楽しそうだ。
その笑顔を見ると、やってよかったと思えた。
「エレーナ様?」
「あ、ごめん。いまいくわ。それにしても、リンドベルグは変わったわね」
「そうですね! エレーナ様のおかげです!」
「そんな。みんなが頑張ったからよ」
王都ではテオドールを始め、マティアスたちがザントクラーデの社員と交渉してくれた。
リンドベルグでインフラ整備をしてくれたヴィルヘルムがいた。
ザントクラーデのひとたちを暖かく受け入れてくれたアルマたちがいた。
丁寧な宝石作りをしてくれる領民たちがいた。
定期的に仕事をくれて、駅まで作ってくれたユリウス王子がいた。
「わたくしだけじゃできなかったわ」
街に目を向けて、小さく呟く。
夕焼けの中、ポツポツと光る暖かい街の灯り。
どれか一つでも欠けていたら、この景色は見られなかった。
「エレーナ様のおかげですよ。みんな、そう思ってます」
アルマは、嬉しそうに眉を下げていた。
リンドベルグ邸に着き、わたくしはひとり、自室で休んでいた。
ザントクラーデ総合商会はトビアスが社長でなければ潰せなかった。
ザントクラーデの社員の多くはわたくしより優秀で賢い。やる気もあり、行動力もある。真っ当に行けば負けていた。
だからこそ、わたくしはトビアスをいかに自滅させるかに注力した。
トビアスの敗因はただ一つ。
”思い込み”で行動したことだ。
自分にとって都合のいい話しか耳に入れない。
信憑性も確かめず自分の考えに固執し、周りを見ずに行動する。
だからこそ、コントロールするのは簡単だった。
彼の欲しい言葉を優しさで包んで飲み込ませる。それだけ。
してほしくない行動は正しさで拒絶させ、してほしい行動は賞賛で誘導する。
犬よりしつけが楽でしたわ。
その辺、テオドールがうまかったわね。
人心掌握のプロですもの。まさか色仕掛けまでするとは思わなかったのだけれど。
おかげでトビアスはテオドールを信頼し、何も疑わずにリンドベルグへ社員を送ってくれた。
リンドベルグなんて僻地に王都の人間が行くわけないもの。知るきっかけを作ってくれて助かったわ。
……最後の方のトビアスなんか、気持ち悪いくらい洗脳されてたものね。性癖とか大丈夫かしら。
当のテオドールはというと「なにか?」としらっとした表情で、ザントクラーデが破産した途端にリンドベルグに帰っていった。
全く情というものがないのね、あの男。
わたくしがバーで働く時も、さんざん「火加減がダメ」だとか「味付けがなってない」とかダメ出しされた。厳しすぎますわ。わたくしでなければ泣いてましたわよ。
……まあ、おかげでザントクラーデの社員を引き抜けたし、トビアスも破滅させられたから、よしとするか。
今度特別ボーナスでも出そう。
『あなたに雇う自由があるように、従業員にだって上に立つ者を選ぶ自由があるのですわ』
少し前にわたくしがトビアスに言った言葉。
わたくしたちはザントクラーデ総合商会という大企業を飲み込んだ。
トビアスという最悪の社長がいたから、わたくしがまともに見えたでしょうけど。
彼らの選択を”本当に正しいもの”にできるかは、わたくしの今後の行動に委ねられている。
プレッシャーが、ずしりと重い。
椅子に座り、じっと考える。
彼らに報いるためにも、生半可なことはしてられない。
それに。
ーーー残るターゲットは、あとひとり。
ハルムート・ファルネリア。
ファルネリア家長男にして最大の敵。
冷徹で合理主義。
感情で動かないうえに、貴族社会とも繋がりが深い。
ルイーズやトビアスのように簡単にはいかないだろう。
もっと大掛かりな準備が必要となる。
やっと、ここまで来た。
やつが相続した”ファルネリア領”の土地。
その価値を破壊する。
もうすぐ。できる。ここまで来れたのだから。
わたくしは深い息を吐いた。
第三十七話は18時頃投稿予定。
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