第33話 そんな会社、辞めたらどうだ
エーリッヒ・ドルナーは打ちひしがれていた。
大手企業・ザントクラーデ総合商会に入社し、順風満帆だった。
それなのに突然社長が交代して、全然知らない場所に派遣されることになった。
ザントクラーデの貴金属部門が大打撃を受けた時、エーリッヒは食品事業部にいた。
担当する地域は南の方にあり、北にあるリンドベルグのことは何も知らない。
最近偽ダイヤの会社ができた、山深い場所だと聞いたことがあるだけだ。
新たな仕事内容は、『リンドベルグ領にある金山を探すこと』
無茶にもほどがある。
エーリッヒ含むプロジェクトメンバーは主に交渉や営業、管理を生業としていた。
山の探索などしたことがない。
さらに落ち込むのは、情報を分析すればするほど「リンドベルグ領の金山は採り尽されている」と思えることだ。
確かに金山はあったが、二百年前に閉鎖している。
元々の採掘量も少なかった。
社長はどこからリンドベルグに金山があると聞いてきたのか……。
訝しんで尋ねてみるものの、社長のトビアスは誤魔化すばかりだった。
ただ「金を見つけるまで帰ってくるな!」と怒鳴りつける。
しぶしぶリンドベルグへ向かうことになったものの、王都からは馬車で片道一ヶ月。
いつ帰れるのかも分からない。
住んでいた家を手放した。
付き合っていた彼女とも別れる羽目になった。
エーリッヒは家も、周りの気の許せるひとも、すべて失った。
そもそも金山を手に入れたとして事業が回復するとも思えない。
金のアクセサリーの在庫は倉庫で大量に眠っているのだ。
しかも季節はもうすぐ冬。
十一月の頭、リンドベルグの山々では雪が降り始めたらしい。
雪山をどうやって探索しろというのか。
それらすべてを丸投げされて「会社の未来が懸かっているんだ」とだけ言われても、無力感が込み上げてくる。
リンドベルグでの生活は不安だった。
会社の命令で遠方へ行くのに、社長は住む場所を手配してくれなかった。
仕方なく有志の皆で伝手を辿り、なんとかリンドベルグの領主との知り合いを見つけることができた。
だが、伝手があったとしても、敵対企業の人間を優しく受け入れてくれるはずもないだろう。
みな、言いようもない不安を抱えていた。
リンドベルグへ向かう馬車の中は静かだ。
みな、屠殺場へ送られる牛の気分だった。
「きみたちがザントクラーデから来た人たちか」
馬車を迎えてくれたのは、すらりとした男性だった。黒髪の凜々しい姿。
領主のヴィルヘルム・リンドベルグだ。
トビアスより若いのに、全く物腰が違う。優しくて頼りになりそうだ。
エーリッヒは、少しだけ安心した。
総勢五十人にもなるザントクラーデの社員を、ヴィルヘルムは快く受け入れた。
ヴィルヘルムもリンドベルグの人々も、エーリッヒたちが敵対企業の人間だろうと排除する様子はなかった。
むしろ、みな両手を広げて歓迎してくれた。
用意してくれた家も立派で、王都にあった家より住み心地がいい。
「これは自慢なんだが」と彼は照れたように笑い、家の暖房器具を見せてくれた。
「リンドベルグの冬は寒いからな。君たちのために、最新の暖房を用意したんだ」
エーリッヒにそのすごさはよく分からなかったが、雪国出身のヤツは目を輝かせていた。
「歓迎しよう。ぜひ我が邸宅でパーティーでも」
ヴィルヘルムに招待され、プロジェクトメンバーは邸宅のみなとすぐに打ち解けた。
用意されたご飯も美味しく、酒も進んだ。
領民たちも「ぜひ楽しんでね」と声をかけてくれる。メイドの子も可愛い。
沈んでいた気持ちが一気に盛り上がった。
そして、酒が進めば出てくるのが愚痴だ。
プロジェクトメンバーはべろべろになって、ずっと溜まっていた鬱憤を吐き出した。
「ほんとは俺、結婚を決意した彼女がいたんす。でも、異動になって、別れることになって……」
「辛かったな」
気がつけば、エーリッヒはぐすぐすと泣きながらヴィルヘルムに酒を注いでもらっていた。
「金山なんかあるのかな。もう、あの社長のいるとこに帰りたくないっす」
「そうか」
「もう、リンドベルグに住みたいっす」
家も大きいしご飯も美味しいし、無茶なこと言うひともいないし。
隣に座っていたメンバーのやつとも意気投合して、トビアスの悪口で盛り上がった。
その夜、パーティーでは寝落ちしてしまったようだった。
目が覚めるとふかふかの暖かいベッドで、一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
メンバーで集まって作戦会議をする。
エーリッヒたちがリンドベルグについてから、山の雪は深くなったようだ。
この気候で探索して良いのか。
みんな山に詳しくないから、分からない。
不安ばかりが膨らんでいく。
「ああ、きみたち。よかった。間に合ったな」
「ヴィルヘルム様、どうされました」
「昨日、金山を探すって言ってただろう。この天気だから心配でな」
扉をノックをして現れたのは、ヴィルヘルムだった。
昨日よりラフな格好だが、かえって気兼ねなく話しかけられる。
「山の探索はプロでも難しい。特に雪山は地元の者でも遭難する。危険だ」
「……あ、そ、そうですよね、やっぱり。どうしようかな」
「少なくとも春までは待て。もし暇だと言うなら、家の中でできることでも紹介しよう」
ヴィルヘルムの言葉に、ちらりとプロジェクトメンバーは目を合わせる。
実は、このプロジェクトが行われている間、給料は支払われない。
トビアスが「見つかったら給料を払ってやる。まさか、成果もないのに給料をもらえるとでも思ってるのか?」と言い放ったのだ。
やる気を出させるための措置だろうが、そんなことでやる気が出るような次元ではなかった。
各々貯金を切り崩し、来たくもない山に来て、したくもない仕事をしている。
プロジェクトメンバーは恐る恐る、ヴィルヘルムに詳しい事情を話した。
会社の事業で金山を見つけるまで帰れないこと。
その間給料が支払われないこと。
山に詳しくないのに、山を探せと命令されたこと。
話せば話す度、ヴィルヘルムの眉間に皺が寄る。
「……ひどいな」
「で、ですよね。ほんとに、社長が代わってから、ひどくて」
「そんな会社、辞めたらどうだ」
え、とみなの目が丸くなった。
辞める? あの大企業を? 辞めてもいいのか?
考えもしなかった選択肢に、一同は言葉が詰まった。
ヴィルヘルムは真っ直ぐな瞳で続ける。
「会社の命令で来ているなら賃金を支払うべきだ。それに、山に慣れていない人間を無理やり山に入れるなど、言語道断だ」
ーーー山では簡単に遭難するし、怪我もするし、死ぬのだから
すごい熱量で、ヴィルヘルムは怒る。
穏やかな印象があったが、これほどに視線が鋭くなるとは。
よほど憤っているようだ。
その姿を見て、不思議と、今まで抱えていた鬱憤がふわりと楽になった。
自分のことで真剣に怒ってくれるひとがいる。
それだけで、胸の奥が暖かくなった。
そっか。これ、怒っていいことだったんだーーーー
エーリッヒはストールを握った。
朝、メイドの子が「寒いでしょう」と貸してくれた。暖かかった。
ああ、そっか。辞めてもいいのか。別に。
そしたらもう、あの社長の言うことを聞かなくても良いのか。
エーリッヒは、じっと考えた。
「このままリンドベルグに移り住んだらどうだ」
「……え」
「実は今、リンドベルグでは一大事業を立ち上げている。人手が足りない。きみたちが協力してくれたら、嬉しい」
みな、ごくりと唾を飲み込んだ。
”リンドベルグ・ジェムテック社”のことを指していることは、すぐに分かった。
競合企業に転職なんてしていいのか。
会社を裏切ることになるぞ。
いや、トビアスなんか裏切っても良いだろ。
あんなやつの下で働くくらいだったら……。
いや、でも……。
ぐるぐる、考えがまとまらない。
ちらり、横にいるメンバーたちと視線で会話する。
どうする、どうしよう。
すると、ヴィルヘルムが背筋を伸ばした。
真摯な瞳でエーリッヒたちを見る。
「リンドベルグの事業は大きくなる。きみたちに、絶対後悔させないと誓おう」
エーリッヒはキュッと唇を噛んだ。
目の前に立つヴィルヘルムの姿は、一つの街を築き上げる、立派な領主の姿で。
ーーーかっこよかった。
この人のところで働きたい。
この人の統治する土地に住みたい。
素直に浮かんできた希望が、答えだった。
第三十四話は明日の12時30分頃投稿予定。
トビアス破滅へのクライマックスまであと少し。
(土、日で破滅回です)
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