第32話 諦めてはいけませんよ?
トビアス・ファルネリアは奔走していた。
"本物"の価値を認めさせる。
貴族である自分がなんとかしなければならないと、使命感すら抱いていた。
「だから、金のアクセサリーを仕入れろって言ってるだろ!」
「で、ですが、在庫がまだありますし、金の価格が高騰していて……」
「うるさい! お前は”本物”がなんたるか分かってない!」
アクセサリーの仕入れを行う担当はびくびくと言い訳ばかりする。
ちくしょう、こいつも分かってない。
トビアスは舌打ちした。
先日の経営会議でも議題に上った。
『貴金属部門の赤字をどうにかしろ』という課題に対し、社員は口答えするだけだった。
予算だの、売り上げだの、在庫だの。
難しい言葉を並べ立ててトビアスを言いくるめようとする。気に食わない。
どうせ奴らは"本物"の価値を知らない貧乏人だ。
"本物"の価値について深く理解しているのは俺だけか、と怒りが湧いてくる。
偽ダイヤの放逐、金のアクセサリーで市場を回復。
これはトビアスにとって絶対だった。
けれど。
「金のアクセサリーの売れ行きはよくありません。これ以上は赤字を重ねるだけです」
「それは営業が怠けてるからだろ! 商品の価値を伝えるのが仕事じゃないのか」
「……で、ですがっ」
「言い訳するな!」
担当者は困惑したように眉を下げる。
手元の紙を強く握って、泣きそうになりながら「分かりました」と呟いた。
ふん、分かればいい。
退職者はあとをたたないが、やる気のないヤツは去ってもらってかまわない。
社長の言うことは絶対だ。
社長の命令に従わないヤツは要らない。
代わりなどたくさんいるのだ。
「ですが、仕入れが厳しくなっています。ハーフディスで紛争が勃発し、金が採れなくなってきて……」
「採れないのか。それは問題だな」
「ええ! そ、そうなのです。だから金じゃないものに目を向けた方がーーー」
ぱっと顔を上げて、担当者は喋る。
難しい単語が多くてよく分からない。
ハーフディスはたしか金が採れる国だったな。ザントクラーデの金の主な仕入れ先だ。
紛争があるとは知らなかったが、そのせいで事業が滞るとは。
どうにかして金を手に入れる方法を見つけなければ。
「国内に金があればいいのか」
「え、いや、もうガルデーニエ王国の金は採り尽されています。違うものに目を向けた方がーーー」
ガルデーニエ王国は昔、宝石や金が採れたが、どちらも数百年前に採り尽したと聞いたことがある。
だが、国内に山はたくさんある。
まさか全部を探しきったわけでもないだろう。どこかにはあるはずだ。
うるさい社員の言葉を無視して、トビアスは席に戻った。
その日、トビアスはバーに来ていた。
テオは今日も優しく迎え入れてくれた。
静かな店内、店はふたりきり。
カウンター越しのテオは慣れた手つきでカクテルを用意する。
トビアスは今日もまた色々と愚痴っていた。
「金のアクセサリーの仕入れが厳しくなるみたいなんだ」
「あら、それは問題ですね。海外からだと輸送も大変でしょうし」
「そう、そうなんだよ。やっぱりテオは頭が良いな」
テオは「そんなことないですよ」と肩をすくめる。
その仕草もイヤミじゃなかった。
テオは話が早い。
こちらの言いたいことを察して、適切な言葉をくれる。
「だから、国内に金があれば……。それをうちが独占してアクセサリーを作れば、偽ダイヤを放逐できる」
「まあ、すごいですね。素晴らしいアイデアです、トビアスさん」
「ああ、だろ、そうだろ、テオ」
問題は金があるかどうかだがーーーと、ぐいっとグラスから酒をあおる。
アルコールで頭が揺れた。
テオはライムをカットしながら、さりげない様子で呟いた。
「これは噂ですが」
「なんだ?」
「昔、リンドベルグ領の近くで金が採れたそうですよ」
トビアスは勢いよく顔を上げた。
とん、とん、とテオがライムを切る音が響く。
ーーーリンドベルグで、金が?
アルコールでぐらぐらしていた頭が、急速に回っていく。
興奮して喉が渇く。鼓動が速くなる。
「リンドベルグの、どこだ?」
「んー、正確な場所は分かりませんが。でも、リンドベルグに金山まで確保されたら、さすがのトビアスさんも厳しくなりますよね」
からん。氷がグラスの中で揺れた。
テオがグラスに酒を注いでいる。とぷとぷ、透き通った液体が流れていく。
トビアスは、うまく息が出来なかった。
そうだ。
エレーナは、リンドベルグ領は、偽ダイヤというものを勝手に作り出した。
その領地で金が採れると知ったら。
アイツは、きっと奪ってくる。
俺たちを馬鹿にするようにーーーー
焦りでどうにかなりそうだった。
早く、早く手を打たなければ。
「テオ、テオ、どうしよう」
「急いでリンドベルグ領の金山を探した方がいいのでは?」
「で、でも、どうやって。みんな、国内に金はないって、真剣に聞いてくれない」
「ひどいですね。トビアスさんはこんなに頑張っているのに」
ことり、トビアスの目の前にグラスが置かれる。
モスコミュール。いつもテオが用意してくれるカクテル。
「では優秀なひとたちを集めて、リンドベルグ領に向かわせましょう」
「……リンドベルグに?」
「ええ。会社を建て直す大事な事業です。優秀な方にお願いして、その偽ダイヤの社長より早く金山を見つけないと」
テオがにこりと微笑む。
「トビアスさんは社長でしょう? 会社の未来を考えないと。諦めてはいけませんよ」
トビアスは、ごくりと唾を飲み込んだ。
そうだ、これは会社の一大事業だ。
金山を見つけないとザントクラーデは終わる。エレーナに負ける。
エレーナより早く見つけないといけないんだ。
そして、ザントクラーデ総合商会は、大量の予算をつぎ込んで、リンドベルグ領での金山発掘プロジェクトを始めた。
最初の派遣は五十名程度だったが、なぜだか離職が相次いだ。
そのたびにトビアスは様々な部門の社員を派遣した。
気がつけば、会社の半分程度の人間を送って、みなリンドベルグから帰ってこなかった。
第三十三話は18時10分頃投稿予定。
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