第31話 ダイヤを使わなくとも、美しいものは美しいでしょう?
トビアス・ファルネリアは悩んでいた。
新しく社長に就任してからというもの、退職する社員が後を絶たなかったからだ。
そもそもザントクラーデの経営陣は、トビアスを無能だと思っていたようだ。
ヤツらは筆頭株主であるトビアスの発言権を弱めるために秘密裏に株式を発行していた。
トビアスが通知の手紙に気づかなかったら、ザントクラーデは経営陣のコントロール下に置かれていただろう。
ちくしょう、馬鹿にしやがって。
株式を相続したんだから、この会社は俺のものだろう。
トビアスは急いで経営会議をしているところに向かい、社長を解任した。
エレーナは”トビアスの会社を乗っ取る”と言っていた。
解任した社長はエレーナの手先だったのかもしれない。現に自分を裏切っていたのだ。
もう誰も信じられない。
自分でなんとかするしかない。
そうして自ら社長になったものの、社長という役職は思ったより多くの判断を迫られた。
ザントクラーデ総合商会は大きい。
社員の数は総勢千人を超える。一度に扱う金額も、億を超える。
株主だった頃は経営陣が全てなんとかしてくれた。
けれど今は、判断を仰がれても、何を言っているのか分からない。
言葉に詰まる度、社員たちの瞳は困惑から苛立ち、呆れに変わっていく。
「こちらでなんとかします」と無感情で言われる度に、否定されたと感じてしまった。
ちくしょう、ふざけるなよ、
俺は、俺は馬鹿じゃない。
自分だってできるって思われたい。
馬鹿にされたくない。認めさせたい。
エレーナだって会社を立ち上げた。
あいつは俺より学がない。しかも庶民の女だ。
あいつができたんだから、俺だってできる。
俺は格式高いファルネリア家の男なのだ。
そうして社長になったはいいものの、業績は傾いたままだった。
退職を希望する社員は、日々増えていった。
多くの人はトビアスを恐れあまり話しかけてくれないが、中にはトビアスを分かってくれる人もいた。
一人目は、三十歳のパウル。
先日辞めたマティアスの同僚だったが、不思議と話しかけてくれる。
落ち着いた穴場のバーを紹介してくれた。
そして、二人目は、近所にあるバーのバーテンダー、テオだ。
黒いジャケットに銀髪。柔らかい物腰。
ミステリアスだが不思議と引き込まれる男だった。
パウルが教えてくれたバーで働いている。
ついつい仕事の話を愚痴ると、カウンター越しにうんうんと聞いてくれた。
「トビアスさんは悪くないですよ」と、微笑まれながら酒を注がれると、何でも話してしまった。
苛立っていた気持ちが落ち着いて、涙すら零れてくる。
テオは不思議だ。テオは俺を馬鹿にしない。
テオは話を聞いてくれる。
それから、トビアスは毎日のようにそのバーに通った。
「テオ、テオ。聞いてくれよ」
「どうしました?」
「また会社で人が辞めたんだ。くそ、今月に入って六人目だぞ」
「あら、大変ですね」
テオは心配そうな表情でモスコミュールを置く。
繊細なグラスにライムとミントが輝いている。
テオのオススメで頼んだのだが、それからハマった。
ウォッカの味がクセになる。
「会社を立て直せばみんな俺を認める。なのに、全部上手くいかない。あのクソ女のせいだ」
「偽ダイヤの社長という方ですか?」
「そうだよ! あいつが現れてから全部崩れたんだ!」
あいつが王都に戻ってこなけりゃ、全て上手くいってたんだ。
ルイーズ姉さんだって軟禁されることもなかったし、ぜんぶあいつのせいだ。
あいつは馬鹿だ。
”本物”が一番価値があるのに、ニセモノなんて、わざわざ作るなんて。
それなのに、その”本物”が間違ってるみたいな流れになっている。世間はおかしい。
「偽ダイヤなんかありがたがって、馬鹿みたいだ。所詮ただのガラスなのに。あんなの欲しがる女どもはみんな馬鹿ばかりだ」
「そうですね」
「だろ、テオもそう思うだろ。だから、”本物”の価値を取り戻さないといけないんだ」
トビアスは歯を食いしばる。
悔しくてたまらなかった。
ファルネリア家に代々伝わる宝石が、ちょっと磨いただけのガラスに負けるだと?
ありえない。そんなの、貴族社会自体を馬鹿にしている。
俺は貴族だ、だからこそ俺たちが宝石の価値を取り戻さないとーーー
と、使命に燃えているのに、ザントクラーデの社員もハルムート兄さんも、トビアスの言うことを真面目に聞いてくれない。
「トビアスさんの言うこと、わかりますよ」
テオはふふ、と微笑む。
男ながら妙な色気があり、トビアスはどきりとした。
顔が見られず視線を下げると、白く細い首に、きらりと金色が輝いていた。
細身の金のネックレス。
上品な造りで、華美な装飾をしていないのに目を引いた。
「……そのネックレス、金か?」
「ええ。祖父から譲り受けたものです」
「それ、きれい、だな」
口にした途端、ハッとする。
頬がカッと熱くなった。
なんだか変なことを口走った気がする。
テオはきょとんとしながらも、嬉しそうに笑った。
「ご覧になります?」
そう言うと、しなやかな指で、白いシャツのボタンをひとつ、ふたつ外した。
キメの細かな肌が覗く。
トビアスは真っ赤になった。
見てはいけないものを見た気がして。
慌てて目を逸らすも、テオはカウンター越しにテオの手を握った。
そのまま、ゆっくりと、トビアスの手を自身のネックレスに触れさせる。
トビアスは、うまく息ができなかった。
あつい、なめらかな肌に、指先が触れる。
きらりとゴールドが鈍く光る。
テオの赤い瞳が、薄暗い店内でうっとりと輝く。
「ダイヤを使わなくとも、美しいものは美しいでしょう?」
その瞳から、トビアスは目が離せなかった。
不意に心臓がどきりと脈打つ。
耳元でどくどくとうるさい。
テオはふふ、と優しく微笑んだ。
そしてトビアスの手をゆっくりとカウンターに戻す。
トビアスは真っ赤になって、「え、あ…」と、意味のない言葉を零すしかできなかった。
テオは何気ない口調で、さらりと続ける。
「金のアクセサリーだって可能性はあると思いますよ。トビアスさんは間違ってない。自信を持って。応援しています」
テオは目を伏せて、ボタンを留める。
ひとつ、ふたつ。
金のネックレスは見えなくなった。
けれど、トビアスの脳裏にはしっかり焼き付いていた。
ランプに照らされた滑らかな肌に映える、鈍く光る金色。吸い込まれるような輝き。
”本物”はこれほどに心を奪われるのだと、トビアスは初めて理解した。
第三十ニ話は明日の12時30分頃投稿予定。
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