第30話 あなたが欲しいと思う方を、欲しいだけ連れてきてくださる?
マティアスは口をぽかんと開けた。
レナーーーいや、エレーナ・ファルネリアは、口角を上げ、美しく微笑んでいた。
……先ほどとは表情が違う。
そう見えるのは、ただの先入観か。
ウェイターだったときの柔らかな空気は一瞬にして消えた。
マティアスは口の中が渇いていく。
ぶわっと冷や汗が溢れた。
ウェイターじゃなかったのか。
まだ若いし、この女の子が一企業の社長だなんて信じられない。
だが、ルイーズショックが起きたオークションを見ていた同僚は、偽ダイヤ会社の社長は若い女の子だと言っていた。
いや、そう、彼女が”エレーナ”だとして。
俺は、彼女の前で、リンドベルグの悪口を散々言った。偽ダイヤ事業を乗っ取るとも。
頭がまとまらないままじっと黙っていると、エレーナはくすくすと笑った。
「マティアスさんの熱意はとても魅力的ですわ。情報収集能力、市場を分析する力、そして画期的なアイデア。ぜひとも我が社に欲しい人材だと感じましたわ」
「……あ、ありがとう、ございます」
「我が社では、あなたのしたいことはできないかしら?」
エレーナは笑顔を崩さない。
マティアスはじっと考えた。
いや、できる。
マティアスは偽ダイヤ事業を推進したかった。
市場を席巻した、新たな商品に心を奪われていた。
……でも。
「……お、おれには、家族がいて……妻が、妊娠しています。王都に置いてくわけには」
「まあ。それは大変だわ。実はリンドベルグ領では、我が社で働く方のために、家を作っているところなの」
「……家を?」
「ご家族で来ても大丈夫よ。ほかにも、学校や保育園も作るつもりだから。ご家族や使用人を全員引き連れてきても、リンドベルグは受け入れられるわ」
「……かぞく…」
「王都に残っても、きっとトビアスのせいで居づらくなると思うの。奥様もお辛いわ。だったら、リンドベルグでのびのびと子育てする方が、お子さんにとってもいいんじゃない?」
エレーナは、マティアスの震える手を握った。
「わたくし、あなたと働きたいわ。あなたと働くためなら、全力で、ご家族も一緒に、サポートさせていただきます。リンドベルグの総力をかけて」
マティアスの瞳が揺れた。
触れる手は暖かい。
エレーナの微笑みは女神のように見えた。
そして、力強く握り返した。
「……レナ、いや、エレーナ様。ありがとうございます。俺と、働きたいと言ってくれて」
「ええ」
「ぜひ、俺を働かせてくれないでしょうか」
エレーナはにっこりと笑って、「もちろんよ」と答えた。
「マティアス。早速だけど、ふたつ。あなたに頼みたいことがあるの」
エレーナは座り直し、じっとマティアスの瞳を見つめる。
マティアスは途端に背筋を伸ばした。
目の前にいるのは、自分の上司。社長なのだ。
「ザントクラーデから人材を引き抜いてくださる?」
「かしこまりました。人数やスキルなど、ご希望はございますか」
「あなたが欲しいと思う方を、あなたが欲しいだけ」
エレーナはにこりと笑った。
マティアスは「は」と間抜けに口を開けた。
「あなたの事業計画は素晴らしいわ。ザントクラーデでは可能だったのでしょう? でしたら、みんなリンドベルグに連れてきて同じことをすればいいわ」
「……かなりの人数になりますよ。他部署も絡みます」
「かまわないわ。なんなら社員全員でもよろしくてよ」
エレーナは「あ、トビアス以外ね」と付け足して笑った。
本気だ。
マティアスは唾を飲み込んだ。
エレーナはそれほどにマティアスを信頼してくれている。
では、期待に応えなければ。
「承知いたしました。必ず、リンドベルグに引き抜いてみせます」
「楽しみにしているわ」
「もうひとつというのは?」
ああ、とエレーナは口元を優雅に歪ませた。
ちらり、カウンターに立つテオと視線を合わせる。
「トビアスを、このバーに来るよう仕向けてくださる?」
ーーーやつを破滅させるわよ。
第三十一話は18時20分頃投稿予定。
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