第3話 その遺言書はニセモノですわ
わたくしが死に戻る前、”一度目”の二月三日。
遺産相続会議のため、わたくしはハルムートたちに呼び出された。
「お前が相続する遺産はない」
はっきりとそう告げられた。
豪華な会議室、弁護士たちが円卓に着き、遠巻きに見る。
ハルムート、トビアス、ルイーズがわたくしの前に立ち、見下ろす。
目の前で遺言書を見せられ、頭が真っ白になった。
父の死に立ち会えないのも、葬儀場で追い出されたのも、体裁が悪いから。
わたくしは半分庶民の娘だから。
そう、しぶしぶながら理解していた。
けれど、わたくしにも相続の権利はあるはずだ。
わたくしは血を分けた娘なのだから。
「そんなの、おかしいですわ」
「ここに父の遺言書が残っている。家紋もある。弁護士のエッカルトも認めている」
「偽物に決まってます! その遺言書はいつ作成されたんですの?」
「一月二十八日だ。ここに書いているだろう」
「亡くなった日に書いたというんですの? お父様が亡くなったのは午前中でしてよ」
おかしい。父がそんなものを用意する時間などない。
少なくとも、日付は間違っている。
「あなたたちは介護をしていないから知らないでしょうけど、もう一年近くお父様はスプーンも持てませんでしたわ。そんなきれいな字を書けるわけがありません。お兄様が書いたのでは?」
「言いがかりはよせ」
「この内容だっておかしいですわ。トビアスお兄様に株を、とありますが、お父様はトビアスお兄様の頭の出来に不安を抱いておりました。『あいつは馬鹿だから会社など任せられん』って」
必死に叫ぶと、真正面に立っていたトビアスがカッと瞳をつり上げる。
そして勢いよくわたくしの頬を殴った。
「お、おれが馬鹿だって言うのか! 俺はお前と違って貴族の学校を出ているんだぞ」
「ええ! お父様はそうおっしゃってましてよ!」
「このっ、庶民の分際で! 父の娘を語るな!」
顔を真っ赤にしたトビアスが拳を作り、わたくしに振りかぶる。
ルイーズは「きゃあ」と叫ぶだけだった。
顔をガードしても殴られた。その場に居る全員が黙っていた。
「トビアス、もういいだろう」
「でもっ! ハルムート兄さんは悔しくないのか!」
「話が進まない。時間は限られてるんだ」
ハルムートが懐中時計をちらりと見て、はぁと溜息を吐く。
長男に諭されたからか、トビアスはばつが悪そうに下がった。
わたくしはじんじんと痛む頬をさすり、背筋を伸ばしてハルムートに向かい合った。
きっと鋭い瞳で睨み付ける。
「お父様は亡くなる前、わたくしに『ファルネリア家を継がせたい』とおっしゃっていましたわ」
ぴくり、全員の眉が動いた。
後方の弁護士たちがざわつく。
「わたくしはその遺言書を認めません」
「なにをっ!」
「わたくしが本物の遺言書を持ってきます。それまで、この相続については保留にしてくださる?」
そう吐き捨て、わたくしはスカートを翻した。
会議室を出る。
ぱたり、薄暗い廊下にひとり立ち尽くした。
唇を噛み締める。
今になって涙がぼろぼろと零れてきた。
それほどにわたくしを"家族"にしたくないのか。
こんなにも不当な扱いをされるだなんて、想像もしていなかった。
扉の奥でトビアスとルイーズの焦る声が響く。
「本物の遺言書ってどういうこと」「もし本物があったら…」と、阿鼻叫喚だった。
弁護士の「まあまあ、落ち着いて」となだめる声がする。
金切り声が耳をつんざき、わたくしは廊下を駆けた。
本物の遺言書があるかなんて知らない。
この相続会議を止めるため、咄嗟についた嘘だ。
けれど、このままあの遺言書を認めれば、わたくしは父の娘でなくなる気がした。
わたくしも"父の娘"だと、どうにかあいつらに認めさせたかった。
わたくしは父の部屋を探した。
棚をひっくり返し、カバンを開けて、すべて探した。
一日中探して、もう日付は二月四日になっていた。
けれど、ハルムートがすでに処理しているのか、何も残っていなかった。
そして鍵が出てきた。”開かずの倉庫”の鍵だ。
”開かずの倉庫”は父が宰相職をしていたときに使っていた小屋だ。
中身をどう処理しようか頭を悩ませるくらいだから、きっと兄たちは手を出していない。
最後の望みを抱いて、その倉庫に向かった。
三年も放置されていた倉庫は埃っぽく薄暗い。
古い木材特有の臭いが鼻につく。うっとむせる。
胸元のシャツで鼻まで覆い、足を踏み入れた。
足元をねずみが走る。
きゃっと悲鳴を上げると、ねずみは勢いよく小屋の隅に隠れた。
わたくしは震える手を握り締めて、倉庫を見渡した。
白い粉が詰まった麻袋。黒い石。謎の金属板。
何に使うのかわからない道具ばかりだ。
探っていると、割れた試験管で手を切った。
ちらり、赤い血が指を垂れる。
(やっぱり、何もないのかしら)
涙をぼろぼろをこぼして、嗚咽をかみ殺す。
負けたくない、あんなやつらに。
けど、じゃあ、どうすればいいっていうの。
数冊の本が目に入った。
そのうちの一冊をぱらりとめくると、税関の押収物リストだった。
日付と押収物の品目が書いてある。
『珪砂2キログラム』『ルチル鉱物1キログラム』『研磨盤』『携帯窯』
名前を聞いても何に使うかわからない。
隣にある古い本には『合成宝石加工術』と書いてあった。
ーーー宝石を、合成する?
そんなことができるの?
だって、宝石って、山にある石を磨き上げて作るんでしょう。
合成ってことは人の手で作る、いわば”人工物”なのにーーー。
ぐるぐると、疑問が浮かんでくる。
疑心暗鬼になりながらも、その本から目が離せなかった。
突然、わたくしは背後から頭を殴られた。
うっ、と呻き、その場で倒れこむ。
本は血で汚れた。ぼたぼた、と床にも落ちる。
視界がかすむ。
力が抜ける中、殴った犯人を見上げた。
立っていたのは、ハルムートだった。
「トビアス、ルイーズ。早く来い」
「え~。汚いから入りたくないわ。ねずみもいるじゃない」
「こいつが本物の遺言書を持ってたらどうするんだ」
ハルムートはわたくしの服を掴んで、ずるずると外に運ぶ。埃まみれの倉庫に赤い血が落ちる。
抵抗したくとも力が入らなかった。
「早く遺言書を探せ」と、ハルムートはわたくしの手を後ろで縛り、服の中を探った。
「何も持ってないじゃない。やっぱり嘘だったのよ。本物の遺言書なんて」
「ああ、よかった。やはりな」
「ほら、言ったじゃないか。ハルムート兄さんは心配性なんだから」
あはは、と、あからさまにほっとしたような声が頭上で聞こえる。
楽しそうにわいわいと喜んでいる。
「じゃあ、ここで”不慮の事故”があったってことでいいな」
「ええ」
「うん」
頭の上に、大きなものが落ちてきた。何かはわからない。
わたくしはうつぶせだったから。
ごつん、激しい衝撃がして、頭が割れて、
そして、わたくしは死んだ。
ーーーまさか、死に戻れるなんてね。
”二度目”の二月三日。
明日、わたくしはハルムートたちに殺される。
”開かずの倉庫”の扉を開けた。
ぎぃ、と鈍い音がする。
あの日と変わらず、埃っぽいままで放置されていた。
第四話は21時頃投稿予定。
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