第27話 優秀な方なら気づきますわ
ユリウス王子はリンドベルグ邸に宿泊し、帰った。
リンゴ酒は「わあ! めっちゃおいしい!」と喜んで、そのまま数本買った。
作った領民は驚きで腰が抜けていた。
帰り際、「馬車だとキツいよねぇ。輸送とか。駅作っちゃう?」と王子は軽いノリで言い出した。
「可能ならお願いしたいけれども」と返すと、ユリウス王子はにっこり笑った。
これはやる気だなぁ。
来年には王都とリンドベルグを結ぶ線路が通っているかもしれない。
「テオドール、最近のザントクラーデ総合商会について教えてくださる?」
例のごとく、テオドールとヴィルヘルムで作戦会議をしていた。
ユリウス王子のおかげで王都の最新情報も入り、対トビアス戦への布石が打てる。
テオドールはぱらぱらと資料をめくった。
「昨年の十月から今年の三月にかけて、ザントクラーデの株価は30パーセント下落しました。主に貴金属部門での業績不振が原因ですね」
十月から三月。
ちょうどオークションから現在の数値だ。
ダイヤの価格下落は市場ではルイーズショックと呼ばれている。可哀想に。
30パーセントとは結構な打撃だが、ルイーズショックの直後は50パーセント下がっていた。それに比べれば少し回復してきたようだ。
「持ち直した原因は?」
「貴金属類が売れなくなることを見越してか、他の部門に注力したようですね。主にエンターテインメント。子供向けの絵本が伸びて、いくらかは相殺できたようです」
「すごいな。そんな短期間で対処するとは」
ヴィルヘルムがぽつりと零す。
ザントクラーデはこれまで貴族向けの商品を中心に取り扱ってきたが、最近は庶民もターゲットにしようと舵を切っている。
その新事業のリーダーが、例のマティアス・グリューンベルク。
「エンターテインメント事業のリーダーですが、打撃を受けた貴金属の方も関わっているようですね。まだ詳細な人事異動は明らかになっていませんが。確実に”こちら”に関わってくるはずです」
「あら、素敵。とっても楽しみだわ」
「エレーナ、きみは……何を考えている?」
うふふと笑っていると、ヴィルヘルムが険しい顔をして尋ねる。
わたくしはそっとカップに口つけ、紅茶を一口含む。
「トビアスお兄様はザントクラーデの株式51パーセントを相続したわ。けれど経営についてはからっきし分からないし、興味もなかった。すべて優秀な経営陣に任せていた」
「なるほど」
「けれど、突然起きた”ルイーズショック”。そして、わたくしが”トビアスの会社を乗っ取る”という噂。もう、焦って焦ってしょうがないでしょう」
今まではトビアス抜きで”適切に”検討されてきた経営会議に、過半数の株を持つトビアスが参加するようになったら。
「ずぶの素人・トビアスお兄様の一声で、会社の方針が決められてしまう。止めようとすればするほど頑なになり、癇癪を起こし、会議は止まる。泥船ですわ」
くくっ、と喉の奥で笑った。
その会議の様子が簡単に想像できる。
トビアスお兄様はいつだって、頭の良い方にコンプレックスをもっておりましたものね。
大企業の経営陣なんて、優秀な方ーーー、トビアスお兄様の大っ嫌いなタイプの方が、たくさんおりましてよ。
「優秀な方ならすぐに分かりますわ。”ここにいたら危ない”と」
そう言うと、ヴィルヘルムは「そうか」と頷いた。
これだけで察したのだろう。
わたくしたち、リンドベルグ・ジェムテック社が、ザントクラーデの人材を全て引き抜くつもりだということに。
「テオドール。領民に頼み、従業員用の社宅を作れ」
「社宅ですか」
「ああ。これから一気に人の数が増える。インフラ整備を優先的に、全て受け入れられるように。学校や保育園、病院も。生活に必要なものを全て用意しろ」
「承知しました」
ヴィルヘルムがすっと命令する。
おお、ありがたいわ。
まさかこの一言だけでここまで用意するとは。
まだ誰も寝返っておりませんのに。
……それほどわたくしを信頼してくださっているのね。
「ねえ、テオドール。わたくしも手配してほしいことがあるの」
「なんでしょう」
「わたくし、王都に働きに行きたいわ」
テオドールがちらりとわたくしの顔を見遣る。
リンドベルグの宝石事業はどうしたとでも言いたげだが。
すぐにわたくしの意図を察したのか、綺麗な口元をふふっと歪ませた。
見慣れた悪役の笑顔だ。
「承知いたしました。私もご一緒いたしましょう」
第二十八話は明日の12時40分頃投稿予定。
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