第25話 一族の恥は一生かけて償え
「ふざけるな、この馬鹿がっ!」
目の前で泣き崩れるルイーズの頬を、ハルムート・ファルネリアは殴った。
頬は赤くなり、痛々しく腫れている。
王都にあるファルネリア邸。
ハルムートの執務室。
口の硬い使用人と執事が、冷たい表情で眺めている。
部屋の中心ではルイーズがハルムートの暴力を受けていた。
近くのひとりがけソファに座ったトビアスは、ぎりぎりと爪を噛んでいる。
「滞納してるのはいくらだ」
「えっ、た、多分、一億……くらい、」
「使った金がわからないまま買い物してたのか、この愚図!」
怒鳴りつけると「ひっ」とルイーズは息を呑む。
彼女の薄い腹を蹴り飛ばして、ハルムートは深いため息を吐いた。
「おい。なるべく早く全て返済しろ。ファルネリア家が金を返さないなんて許されない」
「承知いたしました」
「他にも無駄遣いしてないかどうか調べろ。すべて俺が管理する。返済はこいつの金から出せ」
ハルムートの指示に、立っていた執事が答える。
途端にルイーズはハルムートの足元に縋り付いた。
「お、おにいさま、ちがうの、わ、わた、私、悪いことしてない。エレーナよ、エレーナのせいだわ。あいつが……、だから……っ」
「黙れ。一族の恥さらしが」
立派な革靴で、足元のルイーズを蹴り飛ばした。
豪華なドレスの姿が吹っ飛ぶ。
ハルムートはそのまま、床に落ちた長い髪を踏みつけ、見下ろした。
うう、とルイーズが呻く。
実の妹だが、そんなことは関係ない。
”ファルネリア家”が築き上げてきた名誉が、この馬鹿のせいで傷つけられたのだ。
先日、ハルムートのもとにルイーズの滞納の支払い催促が来た。
連絡してきた商人に「ファルネリア家の財務状況は大丈夫なんでしょうか」と尋ねられた。
意味が分からなかった。
そしてオークションの顛末を聞き、ハルムートは目を剥いた。
例の”オークション”から宝石の市場価格が急速に下がっている。
ダイヤモンドの価格は50パーセント以上下落した。
”ファルネリア家”が所有する貴重な財産であるのに。
その原因が、この馬鹿が「宝石とガラスを見分けられなかったから」とは、怒りを通り越して呆れてしまう。
あんなに宝石を毎日身に付けて自慢しておきながら、なんて体たらくだ。
そのせいで宝石を担保にした事業はストップしてしまった。
これからも価格の下落は続くだろう。
ハルムートはぎりぎりと歯ぎしりをした。
愚かな女のせいで、自分の都市開発が滞る。
そんなことは許されない。
しかも、偽ダイヤを作ったのは、追い出したはずのエレーナ。
庶民の血を引いてるあの女が……。
リンドベルグ領に追いやってからだ。もしかして当主の命令か。
ヴィルヘルム・リンドベルグ。
たしか、ここ数年辺境の補助金がどうのとうるさかった。その復讐か?
エレーナひとりで考えられるわけがない。
あいつは庶民。ろくな学校にも行ってないのだ。
クソが、と舌打ちすると、ソファに座っていたトビアスが、勢いよく髪を掻きむしった。
「ああ、もう。くそっ、なんだよ、ちくしょう」
「どうした、トビアス」
「ザンクトラーデの役員だよ。くそ、馬鹿にしやがって」
苛立ちを隠さないでトビアスは怒鳴り散らす。
「エレーナのこと、兄さんも聞いただろ。あいつが偽ダイヤの会社を作ったって」
「ああ」
「あいつはパーティーで『ザンクトラーデを乗っ取る』って宣言したんだ。それで、ザンクトラーデの役員が臨時会議を開くって」
それの何が問題なんだ。
むしろ、緊急事態に対処するいい会社じゃないか。
まあ杞憂だろうがな。
ザンクトラーデは歴史ある由緒正しい会社だ。
いくらエレーナが辺境の男を味方につけようと太刀打ち出来まい。
噂ではユリウス王子が出資したらしいが……あの王子は所詮第二王子。二番手のスペア。
第一王子であるマイルズは俺の味方だ。ファルネリア家と王族の繋がりは深い。
「役員の奴らっ! その臨時会議を、俺に秘密でやろうとしてたんだっ!」
「いいじゃないか。お前は今まで全て役員に任せてたんだろう」
「だからって! こんな、会社の存亡をかけた会議を、どうして俺に黙ってやるんだよ! 俺は筆頭株主だぞ!」
トビアスは顔を真っ赤にして叫ぶ。
エレーナより、ザンクトラーデの役員に蚊帳の外にされているのが腹立たしいようだ。
まあ、役員の気持ちは分からんでもないがな。
こいつはプライドが高いだけの馬鹿だ。
そのくせ努力が嫌いで、全て他人のせいにして、すぐ物事を放り出す。
いままで散々家庭教師をつけたって成績は上がらなかった。それを家庭教師のせいにして、何人クビにしてきただろうか。
馬鹿にされていると感じたら、沸騰したように暴れ出す。手をつけられない。
家中の花瓶を割り、使用人に当たり散らして、「俺は馬鹿じゃない」と叫ぶ。
よほどコンプレックスのようだな。
この俺の弟、そして優秀な父のもとに生まれながら、ひとりだけ”頭が悪い”だなんて。
ーーーまあ、いい。ザンクトラーデの役員は優秀だ。
トビアスがザンクトラーデの株式を相続したのは、彼ら役員なら上手くやってくれるからだ。
土地や宝石を相続したってトビアスに運営が出来るわけもないが、会社なら優秀な人材がたくさんいる。
トビアスをなだめて上手く転がしてくれるだろう。
だから、こいつさえ無駄なことをしなければいい。
「エレーナは俺を馬鹿だって言った! それで、俺の会社を乗っ取るって……くそっ、あの女にみすみすやられてたまるかよっ!」
「トビアス、落ち着け。すべて役員に任せておけ。お前は何もするな」
「兄さんまで! 俺を馬鹿にするのか!?」
ソファから勢いよく立ち上がり、トビアスが叫んだ。
ああ、また癇癪が始まった。
「みんな、おれを馬鹿にしやがって、くそっ、おれは、俺は馬鹿じゃない! 絶対に認めさせてやる……!」
どたどたと足音を立てて、トビアスは部屋を飛び出した。
執務室はしんとする。
はぁ、と俺は深くため息を吐いた。
自分の事業を進めたかったのに、ルイーズの処理をする羽目になった。
話を聞かない馬鹿な弟には付き合ってられない。
「とりあえずルイーズを俺の屋敷に入れろ。一歩も外に出すな。”精神を病んだ”とでも言っておけ」
「承知いたしました」
途端に、うずくまっていたルイーズが声を上げて泣き出した。
自分の未来を悟ったんだろう。
いままで楽しんでいた舞踏会には二度と出られない。
一族の恥は、一生かけて償う羽目になるのだと。
使用人がルイーズを抱える。
もう抵抗はしなかった。
力なく引きずられ、そのまま部屋を連れ出された。
俺は胸元から煙草を一本取りだし、火をつける。
苛立ちはまだ収まらない。
いざとなったらエレーナの会社を潰して、辺境伯領に介入してやろう。
あいつはなんとかなる。所詮ただの小娘だ。
ざっと今後のことを考えると、気分が落ち着いてくる。
ふう、と白い煙を吐き出した。
第二十六話は明日の12時30分頃投稿予定。
明日より第二章、vsトビアス•会社乗っ取り編がスタートします!
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